日本の国際的地位を高めた安倍総理のレガシー

鎌田 慈央

鎌田 慈央(国際教養大学3年)

日本国憲法の前文にはこのような一文がある。

国際社会おいて、名誉ある地位を占めたいと思ふ。

この一文は戦前、日本が自国の利益のみを追い求めたあげく、国際社会の秩序を乱したことへの反省の意味を込めて挿入されたものである。そして、本来であれば、この一文で示されている精神を体現するために日本は国際社会におけるルール作りに積極的に参加し、世界の秩序と安定に寄与するために行動する必要があった。

端的に言えば、この一文は日本が戦前の自国第一主義ではなく、国際協調主義を基に国際社会に対して影響力を及ぼすことを求めているのである

しかし、日本は戦後長らく、この崇高な目的の実現から目を背けてきた。アメリカの庇護の下で経済成長を達成し、国際社会の一員としての責務を果たすべき実力がついてもなお、憲法、国民感情、そして戦前の苦い記憶を理由にして、頑なに自らの行動範囲を狭めてきた。そして、バブルが崩壊し、経済が収縮していくと、日本は自信の喪失からさらに内向きな国へとなっていった。

そんな負のサイクルを破り、冒頭で述べた理想の実現に取り組もうとしたのが安倍政権だったと思う。

日本の提言が世界的な枠組みとなった

そして、その理想に向けた取り組みは第一次安倍政権から始まっていた。2007年に安倍総理はセキュリティダイヤモンド構想を発表し、日本を含めたインド、オーストラリア、アメリカのような海洋民主主義諸国が連携し、インド洋と太平洋における貿易ルートを脅かす主体から守ることを提唱した。

結果的には、この構想は第一次安倍政権と共に道半ばでとん挫したが、第二次安倍政権が誕生してから、具体化の道を歩んだ。セキュリティダイヤモンド構想はインド太平洋構想へと名を変え、それが中国の海洋進出を止めるツールとなりうると見込んだアメリカのバックアップもあり、多くの国が賛同を表明する国際的な枠組みと転じた。安倍総理の構想が今や世界の秩序を形成しているのである。

2019年12月、海上保安体制強化に関する関係閣僚会議で開かれたインド太平洋構想について発言する安倍首相(官邸サイト:編集部)

保護主義の圧力に屈せず、自由貿易を推進

また、安倍総理が国際的なリーダーシップを発揮した例で特筆するべきは瓦解寸前の環太平洋パートナーシップ協定(TPP)を救った点である。TPPは環太平洋地域間の貿易の障壁を低くし、自由貿易を活発化させることが目的として構想が始まり、大きな市場を持つアメリカがこの協定に参加することがこの協定が実質的なものになるかどうかの鍵を握っていた。

しかし、2017年に誕生したトランプ大統領がTPPへの不参加を表明したことで、アメリカの参加を前提にTPPへの参加の承諾国民から取り付けていた各国は協定への参加の大義名分が損なわれ、環太平洋地域で大きな自由貿易圏を作るというプロジェクトは死んだと誰しもが思った。

だが、元オーストラリア首相のタルンバール氏は、その状況からTPPを救ったのが安倍総理の献身的なコミットメントの賜物だと評した。また、タルンバール氏は国内からの反発、アメリカに乗じて協定からの離脱を考慮する国が出そうになりながらも、TPPがもたらす戦略的、経済的な恩恵を信じて疑わなかった安倍総理の先見の明も評価していた。そして、結果的にアメリカを除いた11か国の国々が結集してTPPは正式に発行されるに至った。

2013年3月、TPP交渉参加を表明する安倍首相(官邸サイト:編集部)

崇高な理念の実現に向けて引き続き努力を

安倍政権下で日本の国際的地位は格段に向上した。そして、それは安倍総理が辞意を表明した際の各国の対応で浮き彫りになった。安倍総理が辞意を表明した直後に各国の首脳らが一斉に彼の労をねぎらい、アメリカのテレビ局のCNNは速報として、大統領選挙に関するニュースを中断してまで、安倍総理の辞意表明のニュースを報道した。

この世界の反応はインド太平洋構想、TPPに代表される安倍総理の外交におけるレガシーが認められたという証であろう。

そして、その反応を見た時、筆者は日本が国際社会で名誉ある地位を占めるという、憲法前文が示す崇高な目標に一歩近づいたと感じた。

安倍総理の後任となる総理は、その目標の実現に向けて引き続き世界でリーダーシップを発揮することが求められる。そして、その範を示した安倍総理は評価に値する。

鎌田 慈央(かまた じお)国際教養大学 3年
徳島県出身。日米関係、安全保障を専門に学ぶ大学生。2020年5月までアメリカ、ヴァージニア州の大学に交換留学していたが、新型コロナウィルスの感染拡大により帰国。