スペイン前国王とベネズエラのチャベス元大統領の因縁が生んだ疑惑

不正疑惑を受けてスペインを出国したファン・カルロス前国王は、現在もアブダビに滞留している。彼がまだ国王だった2007年にチリで開催されたイベロ・アメリカ首脳会議の席で、当時のベネズエラ大統領ウーゴ・チャベスに向かって「黙れ」と言って発言を遮ったことは、日本で今も記憶している人はいると思う。

スペインのファン・カルロス前国王(wikipedia)

あの出来事で憤慨したチャベスはスペイン企業へのベネズエラ政府からのすべての支払いを中断させた。そのあと両者の仲直りとして、チャベスは火力発電の建設を入札なしにスペイン企業に指名したが、この支払いの中にチャベス自身の私腹を肥やす以外に複数人物への疑惑のコミッションも含まれていたことを先月、スペイン電子紙OKDIARIOが報じた

その詳細を以下に報じる前に、「黙れ」という発言に至った背景をまず説明しておきたい。

故チャベス大統領(Globovisión/Flickr)

1991年からスペインが主導したイベロ・アメリカ首脳会議は17回目を迎えてチリで開催された。この席でチャベスはスペインのアズナール前首相のことを激しく非難して「ファシストで人種差別主義者よりも蛇の方がまだ人道的だ」と卑下した

この発言に至るまでにチャベスの毒舌に嫌気がさしていた国王はこの発言を聞いて遂に席を立ったその後もチャベスは毒舌を続けた。2-3分後に国王が席に戻ると、サパテロ首相はこの侮辱を前アズナール前首相とは政治イデオロギーは異にするが、彼はスペイン国民から選ばれたのであるからそれを尊重するようにチャベスに要求した。

それでもチャベスは喋り続けた。正にこの時国王はチャベスの方に向かって右手を挙げて「どうして黙ることができないのだ(¿por qué no te callas?と釘を刺したのである。

アズナールは首相の時は右派の国民党の党首でもあった。彼は右派の中でもタカ派でチャベスとは反りが合わなかった。一方のサパテロは当時社会労働党の党首だった。チャベスはサパテロが2004年に首相になると社会主義思想の理解者だとして彼の首相就任を歓迎した。

アズナール首相の時にベネズエラとの外交関係は崩れたが、サパテロが首相になるとその修復に努めた。大使にはスペイン民主化の際に活躍した政治家ラウル・モロドを派遣した。それが功を奏して監視艇や軍用機の注文を貰った。2005年にはチャベスがスペインを訪問して相互の取引関係も強化された。

ところが、その2年後の2007年に前述したイベロ・アメリカ首脳会議での出来事があって、チャベスは「スペインの国王が私を侮辱して黙れと命令した。私はベネズエラの多くの人から選ばれたのだ。彼を選んだのではない」と側近に語って不満をぶちまけてこれまでスペイン企業と契約していたすべての支払いを中断させることを指示した。

サパテロ首相はまたベネズエラとの関係改善に乗り出した。同年12月にアルゼンチンでクリスチーナ・フェルナンデスが大統領に就任して祝賀会が持たれた。それにフェリペ王子(現国王フェリペ6世)をスペイン政府は送った。フェリペとチャベスの間で関係改善の機会をつくるためだった。チャベスは側近に「国王は息子を送って来た」と語り、フェリペは感じの良い人だという印象をもった。しかし、チャベスは国王が自ら謝罪することを望んでいるという気持ちに変化はなかった。

その後もサパテロ政権はチャベスとの関係改善への努力を継続した。それが熟したのが20087月のことであった。チャベスが中国を訪問する途中、スペインのマジョルカ島を訪問することにしたのである。国王が丁度バケーションマジョルカ島に滞在していることを利用したものであった

この国王とチャベス会見で前者から後者に黒のTシャツが贈られた。そこにあの時の写真がプリントされ、それに国王が発言した「¿Por qué no te callas?がプリントされていたのである。この贈り物にチャベスはかなりご満悦だったという。ベネズエラで彼が出演するテレビ番組の中でチャベスは「国王と私は最初に会った日から友達だ」と語ったのである。

その後、サパテロを安心させるために、チャベスは未払いになっていた支払いを指示した。そして200812月には国営化したカラカス電力公社によって入札することなくスペインの企業ドゥロ・フェルゲラ社に火力発電所の建設を発注したのであった。総工費は20億ドル。

この受注後にドゥロ・フェルゲラ社はチャベスと関係している人たちへのコミッションとして、スイス、モナコ、アンドラ、バハマ、バルバドス、フロリダに総額5400万ドルを送金したという。

現在、スペインの脱税やテロ犯罪などを専門にするアウディエンシア・ナシオナル裁判所がそれぞれこの行方を調査している。いずれそれが解明されるはずだ。