インフレを忘れた経済

アメリカの中央銀行に当たるFRBが先週「『物価2%超』容認決定 ゼロ金利維持へ新指針」(日経)と発表しました。この記事のタイトルを見ただけでは多くの方は無反応、あるいは「それで?」だったようでその後このニュースに対するフォローはあまり見られませんでした。ただ私にはアメリカの「苦しい胸の内」に思えてならないのです。

(写真AC:編集部)

(写真AC:編集部)

それはアメリカでさえも物価が上がらない、であります。一体どうなっているのでしょうか?

アメリカの7月の物価は1.0%上昇。今年だけ見ると1月に2.5%となったもののコロナもあり、春に向けて下げ続け、5月は0.1%となります。6月に0.7%と盛り返し現在その回復過程にあります。この数年を見ても18年に3%に届きそうで届かなかったのがピークで概ね1%台半ば程度となっています。

日本やカナダから見るとアメリカの物価は高いといわれますが、そのアメリカでもこのような水準にとどまっています。

先進国の中央銀行及び経済学者は2%のインフレを健全な水準とみなし、そこに物価が達するように金利などを調整します。現在、日欧米など先進国が超低金利なのは金利を下げ、お金をもっと投資や消費に回すことを促進させようとしているのです。しかし、日本が長年経験しているように物価はもうそう簡単には上を向かなくなってしまいました。なぜでしょうか?

いろいろな切り口があるとは思いますが、日本が先行し、欧州、そしてアメリカが追随したその流れからすると私は国民の平均年齢と刺激ある消費財の不足、そして所得バランスが影響しているのではないかと感じています。

日本ではバブルまでに当時の多くの世代において消費の満腹感を感じました。90年代から00年代にかけては次の世代が本来消費の満腹を目指すところでしたが、リストラに倒産の嵐、非正規雇用で満腹は高級レストランではなく、ファミリーレストランやプチ贅沢に変わっていきます。消費も欧州のブランド物から手作りのもの等になり、今ではメルカリでセカンドハンド(要するに中古)の時代になっています。

若い世代はそれでも満腹を感じているのはバブル以前の世代の方と「胃の大きさ」と違うことが一つありそうです。

もう一点は技術革新による「消費の効率化」があります。私たちの時代にはタイプライターやワープロを買っていました。その次にデスクトップのパソコン、ノートパソコン、そしてスマホと進化していきます。製品の鮮度は短く、商品の進化に応じて強い買い替え需要があったのですが、今はスマホそのものが成熟し買い替えまでの期間が伸びる一方、スマホそのものも選ばなければ安くなってしまいました。

またスマホがデジカメ、電子辞書、翻訳機など多岐にわたる商品を吸収して一つにまとめたこともあるでしょう。

では北米の金持ちはどうやってお金を使っているのでしょうか?正直、知れています。私が経営するマリーナの顧客連中は尋常ではない水準の資産家の集りです。彼らの様子を間近かに見ています。ぶったまげるような車に乗る人もいますが、それは趣味の世界。金がかかるのはボート、別荘ぐらいであとは使っても知れているのです。旅行や食事では金持ちの懐は全く痛みません。そうするとどうなるか、一本100ドルぐらいのワインや500ドルのウィスキーを仲間内で飲んでいるぐらいであとはライフをエンジョイするという感じでしょうか?

奥様に使う人も多い気がします。欧州の高級車、特にSUVが目立つのですが、運転するのは品のよさげな女性のドライバーだったりします。もともと当地の中国人の金持ちの奥さんがベントレーのSUVクラスに乗っているのに刺激を受けたのか、ポルシェやアウディクラスのSUVを乗り回すご婦人方は金持ちが多いエリアでは普通に見かけます。日本の方には驚きでしょうが、今日のテーマである国家レベルのインフレという話からすると消費のインパクトはその程度ということになります。

北米では所得格差が更に広がっている点もあるとみています。持てる人は持っている、だけど労働者階級はコロナで政府支援金を貰いながらやっとこさ、であります。つまり、金持ちもさほど使わないし、労働者階級も消費に回りにくくなっているように感じます。

更に「欲しいものがない」という話もあります。知り合いの60代のカナダ人の女性は「私はバッグも洋服も靴ももう十分にあるからこれ以上、欲しいと思わない」と言っていたのですが、割と誰にも当てはまるのかもしれません。労働者階級の人もモールやアウトレットでお買い得品をゲットし続けており、一定の満腹感はあるはずです。とすればコロナから解放されてもなかなかインフレになる程モノやサービスへの消費が膨らむのか、疑問なのであります。

先進国、成熟国ではお財布がなくても楽しめる方法がいくらでもあります。逆に消費に対する人々のセンシティビティがより敏感になったと思います。コーヒー一杯でも「あっ、25セント値上げした」とどんな人でも一様に思うので経営側も容易に価格を上げられなくなってきています。

インフレを忘れた経済は日々の私たちの生活に衝撃的な影響は及ぼさないものの経済成長という枠組みの中では相当悩ましい問題であります。そして低金利にすればするほど持てる者と持てない者の格差は確実に拡大するのが現代の社会構造でもあります。こればかりはアメリカが民主党に政権交代しても切り口を変えない限り、改善はできそうにありません。

では今日はこのぐらいで。


編集部より:この記事は岡本裕明氏のブログ「外から見る日本、見られる日本人」2020年9月2日の記事より転載させていただきました。