迫る外国人帰国ラッシュの恐怖、次期政権は人手不足をどうするか --- 北村 泰

寄稿

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政府が海外からのビジネス往来再開を急いでいる。タイ、ベトナムは7月末からだったが、9月8日からは新たに台湾、マレーシア、カンボジア、ラオス、ミャンマーから長期滞在者の受け入れが再開される。留学生の受け入れも9月から本格化する方針で、今後も対象国をどんどん拡大していく構えだ。

(参考) 外国人留学生の入国、月内にも緩和 再入国は全面解禁へ ー朝日新聞(2020年8月22日)

台湾などとのビジネス往来、一部再開へ 中韓より先行 ー朝日新聞(2020年9月1日)

1.受け入れ拡大を急ぐ理由

ビジネス関係者の受け入れ、と言っているが一般的に想像される出張者などのビジネス関係者が占める割合はごくわずかで、大半は技能実習生となることが予想される。今までに往来が再開された国々から受け入れた技能実習生は、昨年実績で14万人を超える。これからの本格的な経済活動再開を見据えて、人手不足を避けたい政府の思惑が見て取れる。

留学生の受け入れ再開については大学や専門学校からの要望が強い。特に日本語学校の経営状態はどこも危機的状況だ。新型コロナウイルス感染症収束後、留学生数がどのくらい戻るのかも不透明な中、来年4月まで資金がもつかどうかも怪しい。資金調達のことを考えても、少しでも入学者が欲しいのだろう。

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(参考)[新型コロナ 沖縄の今]コロナで入学生ゼロ 日本語学校が経営の危機 ー 沖縄タイムス(2020年9月1日)

政府は今後空港での検査体制を大幅に増強、9月中に1日1万件の検査ができるようにし、受け入れ人数増加に対応するとしている。入国後、2週間の自宅待機を求めるのは従来通り。今回往来再開するのは抑え込みがうまくいっている国々だが、完全に収束した訳ではない。感染者流入を懸念した反発も予想されるが、それでも再開を急ぐのは、人手不足の影響がそれだけ大きいからだ。

2. 殺到する帰国希望者と帰国特別便

往来が再開するという事は人が入ってくるだけではなく、現在日本にいる外国人が帰れるようになることも意味する。コロナ禍で母国へのフライトが飛ばずに帰れなくなった人の多くは在留期間を延長しつつ、運行再開を首を長くして待っていた。

特に在留人数が多いのはベトナムで、殺到する帰国希望者に、在日本ベトナム大使館は公式ウェブサイトのフォームに登録するよう促し、同時にSNS上の帰国手配詐欺に警戒するよう呼びかけている。

(参考)新型コロナウイルス感染症の感染拡大等を受けた技能実習生の在留諸申請の取扱いについて ー 法務省

新型コロナで「帰りたくても帰れない」技能実習生…収入ゼロも“滞在費”にルール無し  国会でも問題に ー メ~テレ(2020年7月30日)

ベトナム、日本・韓国行き定期便運航再開を提案、週4往復ずつー ベトジョー(2020年9月3日)

3.0 – THÔNG TIN CẢNH BÁO TỚI CỘNG ĐỒNG NGƯỜI VIỆT TẠI NHẬT BẢN ー ベトナム大使館(2020年9月3日)

昨年まで右肩上がりだった技能実習生、留学生の入国者数は既に激減しており、以前のような数字に回復するには時間がかかるだろう。しかし国へ帰る留学生や技能実習生の数は増えこそすれ減ることは無い。在留期限を延長していた数に加え、これから卒業、契約期間満了を迎える者たちが加わるからだ。ベトナム政府は定期運航便再開に合わせ、ベトナム人労働者が帰国できるよう手配する方針を既に発表している。出国者が入国者を大きく上回るのは間違いない。

3. 帰国者23万人の代わりはどこにもいない

外国人がどの程度出国するかは入国実績と在留人数から推測できる。

2019年に新規入国した留学生は12.1万人、2017年から3年連続で12万人台を超えている。新型コロナウイルス感染症の流行が始まった今年3月時点の調査で日本にいる留学生は34万人。日本に残って進学、就職する学生もいるが、例年10万人近くが帰国する。

留学生は資格外活動としてアルバイトを週28時間まで許可されており、多くがその収入で生活費や学費を賄いつつ、渡航時の借金返済をしている。主に都市部、市街地のコンビニや飲食店、居酒屋等で働いている彼らがいなくなる。例年であれば入れ代わりで新しい留学生が来るが、コロナ禍でそれは望めない。既に大きな影響を受けている飲食業界にとってはまさに泣きっ面に蜂だ。

技能実習生はここ数年急増している。2015年の新規入国者は10万人にも満たなかったが、2018年に15万人を超え、昨年は18.8万人にのぼった。今年3月時点の調査では41万人が在留しており、前年比25%も増加。それだけ日本国内での働き手が不足していた証拠である。留学生とは違い、技能実習生の滞在年数は5年が限界で転職のハードルはとても高い。ほとんどは期間満了後、帰国の途につく。今後は少なく見積もっても年間13万人以上は日本を離れることになるだろう。

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彼らが働く業界は製造、建設、食品加工業や農業と多岐に渡る。機械化が難しく、人に頼らざるを得ない業態からのニーズは強い。特に人数としては多くは無いが、農業への影響は深刻。高齢化が激しく、過疎化が進む地方で働き手が全く見つからず、技能実習生に依存することでなんとかしのいできたが、もうどうにもならない所まで来ている。政府は1年限定で他業種からの斡旋ができるようにしているが根本的な解決にはなっていないのが現状だ。

(参考) コロナで農家に実習生が来ない 人手不足を補うすべはー 朝日新聞(2020年6月5日)

4.表面化する人手不足

そもそも日本が外国人に依存していることを知っている日本人がどれくらいいるだろうか? おそらく多くは実感が無いだろう。彼らは数年で居なくなってしまう存在だが、日本各地に75万人が住み、学び、働いている現実は直視するべきだ。日本経済を消費、生産の両面で支えてきた、と言ったら言い過ぎかもしれないが、少なくとも人口減少の痛みは確実に和らげてくれている。

しかしこのコロナ禍で人手不足の問題が今後一気に表面化する事になるだろう。厚労省の人口動態総覧によると、昨年1年間で日本の人口は推計51.2万人の自然減だった。それを補う形で25万人以上の外国人留学生、技能実習生を受け入れてダメージを軽減していた。今年はコロナ禍で入国者は僅か、更に20万人以上もの働き手が帰国し、いなくなる。政府の受け入れ再開はその痛みを少しは緩和してくれるかもしれない。

送り出す側である東南アジア各国の事情もある。経済成長がコロナ禍で鈍化する中、若者の雇用環境は厳しくなるばかり。留学生、技能実習生が出国できず、若者の失業率が上がれば鬱憤の矛先は政府に向かう。日本と各国の思惑が一致しているため、思ったより回復が早い可能性も十分ある。だがそこに期待するのはその場しのぎの綱渡りだ。根本的な問題は人口減少に向き合わず、外国人に依存している産業構造を放置するばかりか、受け入れ数を増やし続けていることにある。

人口減少の中でも経済成長をする為に、産業構造改革、戦略市場創造、働き方改革はどれも待ったなしの政策だった。しかし政権与党は結局支持層に忖度し、痛みを伴う政策を骨抜きにし、代わりに働き手を外国に頼って問題を先送りにしていたのだ。当の自民党は総裁選で世間を賑わせているが、次期総裁は人手不足という先送りしたツケをどう払うつもりなのだろうか。

*留学生、技能実習生の数は全てe-Stat内出入国管理統計より

北村 泰

ベトナム語通訳・移民教育行政アナリスト。日本語ベトナム語バイリンガル、横浜国立大学中退。イデオロギーの戦いに終始する外国人を取り巻く議論と一線を画し、現制度の問題点と今後のあり方を発信。日橋塾代表。