9月4日午後2時から、横浜地裁で、すてきナイスグループ株式会社(現ナイス株式会社、東証1部)の金融商品取引法違反事件の第1回公判が開かれた。被告人の平田恒一郎元会長、元社長、被告人会社は、いずれも全面無罪を主張した。
昨年5月、横浜地検特別刑事部が、同社事務所の捜索を実施、7月25日に、平田氏らが逮捕された。平田氏は、一貫して容疑事実を否認したまま起訴された。慢性骨髄性白血病、内臓疾患等の持病を抱えていたが、検察の強硬な反対で保釈は許可されず、横浜拘置支所での接見禁止のまま勾留が続いていた。9月初めに主任弁護人を受任した私の最初の仕事は、平田氏を「人質司法」から救い出すことだった。
その後、平田氏の体調はさらに悪化、身体中に浮腫(むくみ)が生じ手足も瞼も腫れ目も開け難い状態となり、房内で24時間横臥が許可されるほど衰弱していった。そこで、保釈請求では、平田氏の供述内容・主張を整理して、罪証隠滅のおそれがないことを明らかにした上、健康状態の極度の悪化を理由に保釈の必要性を強く訴えた。
検察官は、保釈に強く反対する意見を出したが、裁判所は保釈を許可、検察官の準抗告も棄却され、平田氏は、10月18日夜遅く、逮捕から86日ぶりに釈放された。都内の病院に運び込まれた平田氏は肺にも多量の胸水が貯留するという深刻な病状で極端に衰弱しており、そのまま緊急入院となった。
検察は、このような極端に体調が悪化した被告人でも、無罪主張の姿勢を変えない限り、保釈に強く反対し続ける。それは、日本の「人質司法」の恐ろしい現実である。
それ以上に問題なのは、このような残酷な「人質司法」での身柄拘束の根拠とされていた検察の起訴事実の内容だった。2015年3月期のすてきナイスの連結決算で「ザナック」という会社への不動産の売上が約30億円計上されていたが、横浜地検の強制捜査を受けて、同社は第三者委員会を設置し、「ザナックへの売上計上は会計上不適切」とする調査報告書を受け、対象売上を除外する過年度決算の訂正を行っていた。そういう意味で、その点の会計処理が不適切であったことは、同社も認めていた。
また、平田氏も、当時、消費税増税の影響で住宅販売が落ち込み厳しい状況であったことから、ザナックへの不動産売却には「決算対策」を目的として行った取引が含まれていることは否定していない。ただ、それは、会計処理として問題ないことについて監査法人にも確認しているとの報告を受けた上で了承したものだった。
結果的に「不適切な会計処理」とされた取引があったからと言って、そのまま「粉飾決算の犯罪」とされるわけではない。2015年に発覚した東芝会計不正事件のように、歴代3社長が現場に圧力をかけるなどして、経営判断として不適切な会計処理が行われ、「経営トップらを含めた組織的な関与」による利益操作が1562億円にのぼるとされたのに、検察の消極意見で刑事事件とならなかった例もある。
すてきナイスの問題は、「粉飾決算」として刑事事件にすべきようなものでは全くない、単なる会社の「会計処理上の問題」に過ぎなかったのに、それが強引に刑事事件として立件されたものだった。
起訴状では、「架空売上の計上」によって有価証券報告書に虚偽の記載をしたとされていたが、ザナックへの売上が、なぜ「架空売上」になるのか、全く理解できなかった。昨年10月から、公判審理に向けて争点整理等を行うため、裁判所・検察・弁護三者間の打合せが行われ、弁護側から検察の主張の根拠を問い質した。ところが、検察は、ザナックへの売上は「取引の実態がない」「売買意思がない」との主張を繰り返すのみであった。ザナックという会社は、中古マンションを買い取ってリフォームして再販売する事業を営む会社であり、取引の実態もある。なぜ、そのザナックとの取引が「実態がない」ということになるのか、弁護側は、繰り返し検察に釈明を求め、打合せは11ヵ月にも及んだが、結局、検察は合理的な説明を行うことができず、初公判に至った。
初公判では、検察が「取引の実態がない」「売買意思がない」との主張について、冒頭陳述でどのような事実を主張するかに注目していた。ところが、検察官冒陳は、ザナックとの取引の経緯や、それをすてきナイスの売上として計上して有価証券報告書に記載した経緯など、ほとんど争いがない事実ばかりをダラダラと述べただけだった。「取引の実態がない」「売買意思がない」という言葉自体すら冒頭陳述には全くなかく、この点についての立証を放棄したのかとすら思える内容であった。
これに対して、弁護側からは、「そのような検察官の主張は論理破綻している」と主張した。平田氏の弁護側冒陳の、関連部分を引用しよう。
第2 有価証券報告書の虚偽性についての検察官の主張の論理破綻
検察官は、被告会社とザナックとの間の対象取引が「架空取引」だとする根拠について、「売買意思がない」「取引の実態がない」などと主張している。
しかし、本件対象取引については、売主の被告会社と買主のザナックとの間で、不動産の売買契約が行われ、所有権がザナックに移転し、その後、被告会社側の販売代理によって最終顧客に販売されているものである。被告会社とザナックとの売買取引が民事上有効であることは明らかであり、最終顧客側も、ザナックが売主であると認識して不動産を買い受けているものである。売主のザナックは、顧客に対して瑕疵担保責任など、売主としての民事上の責任を負担するものであることは言うまでもない。
また、対象取引についてザナックから被告会社への売買代金支払について、被告会社の100%子会社のナイスコミュニティー株式会社(以下、「ナイスコミュニティー」)からザナックに対する融資が行われているが、同融資取引は、貸金業登録を行っているナイスコミュニティーからの融資として所定の手続を経た上で行われ、ザナックが購入した不動産を最終顧客に販売して得た売却代金によって融資金の返済が行われている。
本件各取引がすべて架空で実態がないとする検察官の主張は、これらの民事上の法律関係を無視し、民事関係から切断した「刑事事件に関する独自の法律評価」を行おうとするものにほかならない。
検察官は、平成27年3月期において、被告会社が計上したザナックへの売上をすべて「架空取引」と主張しているものであるが、本件各取引には、程度の差はあれ、被告会社の決算対策(合法的に決算上の利益を確保するための措置。以下「決算対策」はこの意味で用いる。)という側面もあったことは否定できないが、取引の経緯・目的は様々であり、また、被告会社グループ外の会社を共同売主とする取引もある。共同売主による一つの売買契約について売買意思が共同売主の一方にあって他方にはない、ということはあり得ないのであり、「売買意思がない」との検察官の主張が論理的に破綻していることは、この点からも明らかである。
民事上有効であることは疑いの余地がない本件取引について、被告会社とザナックとの関係等から、被告会社の売上に計上することが会計処理として認められないと判断されることはあり得る。しかし、その場合、売上計上ができないことの会計基準上の根拠が示されなければならないのは当然である。
ところが、検察官は、本件有価証券報告書虚偽記載の公訴事実に関して、本件公判前の打合せにおいて、再三にわたって、弁護人及び裁判所から、本件取引についての売上計上が認められないことの「会計基準上の根拠」を示すよう釈明を求めたにもかかわらず、その点について一切釈明せず、それが示せないのであれば公訴取消を行うべきとの指摘も無視し、「本件各取引の実態が存在しない、売買意思がないとの主張である」旨の説明を繰り返してきた(そのため、公判前の打合せは11ヵ月に及んだ)。
検察官が、かかる主張に固執する理由は、本件各取引の売上計上が有価証券報告書の虚偽記載だとする根拠を、会計基準上の根拠に求めた場合、それを、会計の専門家ではない被告人らが認識していなかったことは明らかで、監査法人が適正意見を出している本件有価証券報告書の虚偽性についての被告人らの犯意、虚偽性認識を立証することが困難だからだと思われる。
そこで、「取引の実態がない」「売買意思がない」などと取引の実態を根拠として主張することで、被告人らの犯意、認識を立証しようと考えたのかもしれない。しかし、そのような検察官の主張が、そもそも論理的に破綻しており、証拠上も、そのような取引の実態を認める余地は全くない。
本件は、令和元年5月16日に、有価証券報告書虚偽記載の容疑で、横浜地方検察庁よる強制捜査が行われたことを発端とするものであるが、その時点において、被告会社代表取締役社長は「物件の売却は通常の取引で、粉飾決算にはあたらない」とコメントし、その後、第三者委員会を設置し、同委員会調査報告書において、「実現主義の原則(企業会計原則第二損益計算書三B)」に基づき、本件各取引について「被告会社の平成27年3月期の売上には計上できない」との判断が示されたことを受け、同年度について過年度決算訂正を行った。
一方で、本件で法人として起訴された被告会社は、両被告人と同様に、本件各取引について、「取引の実態がない」「売買意思がない」とする検察官主張を争う姿勢である。
会計基準を根拠とする第三者委員会調査報告書の指摘に基づいて、本件各取引の売上計上を除外する過年度決算訂正を行った被告会社にとっても、検察官の上記主張は、取引の実態に反し受け入れ難いものなのであり、かかる被告会社の対応は、検察官の主張が、凡そ実態とはかけ離れ、荒唐無稽であることの証左と言えよう。
本件は、被告法人が設置した第三者委員会によって、監査法人の適正意見が付されていた被告会社の決算報告に、会計基準に照らして問題があるとの指摘が行われ、被告会社が行った「過年度決算訂正事案」を、刑事事件としての「粉飾決算事案」と誤認した検察官が、被告人らを強引に逮捕・起訴した上、各弁護人からの指摘にも耳を貸さず、上記のような荒唐無稽な事実主張を繰り返しているものである。
本件が、被告人らが有価証券報告書虚偽記載の刑事責任を問われるような事案ではないことは明白であり、速やかに、無罪判決が言い渡されるべきである。
この事件には、日産自動車の会長だったカルロス・ゴーン氏が、グレッグ・ケリー氏とともに東京地検特捜部に逮捕・起訴された事件と共通の構図がある。
ゴーン氏事件では、「退任後の役員報酬についての有価証券報告書の虚偽記載」という、従来の検察実務を逸脱した常識外れの事件を、強引に刑事事件に仕立て上げて、国際的経営者のゴーン氏らを逮捕した。このすてきナイス事件も、凡そ刑事事件とすべきものではないという点では同様だ。
そして、検察は、ゴーン氏の事件では、全面否認を続けるゴーン氏の再逮捕を繰り返し、保釈に強硬に反対して身柄拘束を長期化させるという「人質司法」で無罪主張を抑え込もうとした。起訴事実を全面否認する平田氏を、体調が極度に悪化しても保釈に強硬に反対し、「人質司法」による苦痛で無罪主張を抑え込もうとしたやり方も、ゴーン氏の事件と共通している。
大きく異なるのは、被告人会社側の対応である。ゴーン氏事件では、日産と検察とが結託して「ゴーン会長追放クーデーター」を敢行したと考えられ、日産側は、ゴーン氏、ケリー氏とともに起訴された刑事事件の公判では、すべて検察主張を全面的に認める姿勢だった。それによって、被告人会社が「自白事件」として、ゴーン氏・ケリー氏の公判と分離され、早期に有罪判決を確定させることができれば、ゴーン氏らに対して無罪判決が出しにくくなるというのが、検察の目論見だった。しかし、裁判所が、「会社も含め併合のまま審理する」との方針を示したことから、会社側も無罪主張のゴーン氏・ケリー氏の公判に付き合うことになり、検察の目論見は外れた(【令和の時代に向けて日本の刑事司法“激変”の予兆~「日産公判分離せず」が検察と日産に与えた“衝撃”】)。
すてきナイス事件では、会社側は、検察の強制捜査後に第三者委員会を設置して、不適切な会計処理を認め、過年度の売上を一部取り消す等の有価証券報告書を訂正し、課徴金納付命令を受け入れるなどしているが、検察の主張は受け入れずに無罪主張をしている。会社として行った不動産取引に「実態がなかった」などという主張は、さすがに会社としても受け入れることができないということであろう。刑事事件では、会社側も、無罪を主張しているのである。このことは、今後の公判の展開に大きく影響すると考えられる。
このすてきナイス事件での今後の検察の対応と公判の展開には、ゴーン氏とともに起訴され、レバノン不法出国によって一人日本に取り残されたグレッグ・ケリー氏のこれから始まる金商法違反事件公判とともに、検察が独自に立件する事件の捜査での「検察の在り方」を問うものとして、注目していくべきだろう。