先日、某重要法案の立案担当者の方のお話をオフレコでお聴きしましたが、「なるほど行政官はこんな論理で企業法制を成立に導くのか」と感心いたしました。担当省庁の局長さんが法案を通すために衆参両議院の議長さんのところであいさつに行く、といった行動(根回し?)は知っていましたが、思考過程にまで思いを巡らすことはありませんでした。
法制審議会等で4年も5年もかけて専門家委員(学者や実務家)が法改正を審議する、NPO団体や経済団体などの意見を取り入れながらも、なんとか学者である座長が改正案の提言をまとめて、これをもとに担当行政機関が法案を策定する。内閣法制局の審査も通る。しかしながら、衆参両院の要求事項が出てきて、これを呑まないと廃案(見送り)になってしまう。ひょっとするともう30年くら先にならないと改正が実現しないかもしれない。
行政官は専門家委員の献身的な努力を間近で見てきたため「ここで政治家の意見を呑まないと、委員の皆様による成果物が水の泡と消えてしまう。みんなの努力を無にしないためにも、妥協案を出して成立させよう」との意識が強く働く。ということで、理屈のうえではやや?がつくものの、なんとか法案成立に漕ぎつける。
私のような場末の弁護士は、成立した法案を批判して「なんでこの段階で、このような条項が入ったのか理解不明。」「法律全体の趣旨とやや矛盾している、委員は何を議論していたのか」といった意見を表明します。
しかし、行政官の上記のような「法案を通すための妥協点を見出す作業」の存在はあまり理解していませんでした。たしかに国民の負託を受けた国会議員の意見は尊重すべきであり、法律全体の美的な構成が崩れるとしても、個々の国会議員の提言を実現しなければならない、ということになります。
昨年、会社法が改正されましたが、「コーポレートガバナンスをめぐる議論がきっかけとなって、近年、会社法というものが国の経済政策の重要な制度的インフラとして、その在り方が議論されるようになり、会社法の改正もこうした流れのなかで行われるようになった」(神田秀樹著 「会社法入門」初版211頁)のですから、会社法改正においても学者の皆様と立案担当者の力関係もずいぶんと変わってきたのでしょうね。
会社関係者間における利害調整のための法律、という基本的な位置づけは同じでも、そこに富国政策という政治の力にも配慮せねばならない、ということになります。行政官には法案を通すためのバランス感覚が要求されるのでしょうね。
法案成立時に衆参の「附帯決議」なども出されるので、これも次の法改正へのプレッシャーになります。
さらに最近は企業法制のエンフォースメント(ルールの実効性を担保するもの)が多岐にわたり、たとえばコーポレートガバナンスに関連するルールのエンフォースメントの策定も他省庁にまたがるわけですから(たとえば会社法改正事項を産業競争力強化法等で先行実施する、ガバナンス・コードのようなソフトローで大規模会社の規律を実現する等)、政治家との交渉だけでなく、他省庁の行政官との交渉にも配慮しなければならない、ということのようです。
法案を通すことは法案を策定することと同じくらい、いや、ひょっとすると策定以上にむずかしい作業なのかもしれません。
編集部より:この記事は、弁護士、山口利昭氏のブログ 2020年9月6日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、山口氏のブログ「ビジネス法務の部屋」をご覧ください。