2021年、タイ観光産業のメルトダウンが始まる!

藤澤 愼二

タイの観光産業のメルトダウンが始まる(タイ中央銀行)

最近、タイの英字新聞、バンコクポストは“Bank of Thailand warns of tourism meltdown(観光産業のメルトダウン)”という刺激的な表題を使って、タイ政府の施政に対する中央銀行の考えを掲載した。具体的には、来年も今のような外国人観光客の受入拒否が続けば、タイの観光産業は壊滅的な打撃を受けるとの警鐘を鳴らすと同時に、タイ政府はコロナ感染対策だけでなく経済とのバランスを重視するべきという以下のようなコメントだ。

“If foreign travellers still cannot visit the country, this will impact Thailand’s economic growth more severely next year. The government should strike a balance between tourism measures and outbreak containment”

(タイ中央銀行:外国人観光客が入国できない状況が来年も続けば、タイ経済全体に与える影響はさらに大きくなる。政府は観光産業促進とコロナ感染阻止のバランスを取りながら政策運営するべきである)

これについては、以前「コロナ制圧を自画自賛するタイ政府は韓国政府と同じ?」と題して「アゴラ」に寄稿した記事でも書いたが、政府の徹底した感染隔離と外国人入国制限により、タイは現在も国内感染者ゼロの状況が100日も続く、世界でもトップクラスの安全を誇る。

しかし、「国民の健康と安全を損なわずに、コロナによる経済的なダメージをもうまく軽減できている国」という観点で見ると、タイ政府のやり方はコロナ感染阻止に偏りすぎているため、その評価は決して高くはなく、当時、世界で47位と平均的な位置づけになっていた。

プラユット首相、コロナ感染防止のためミャンマーとの国境封鎖を指示

軍事政権であることもあって、タイ政府は経済の舵取りは不得手で、その分、コロナ制圧の方にばかり目が行ってしまっているのだろうと思うが、感染者ゼロが長期間続くにもかかわらず、先月、タイ政府はまたもや非常事態宣言の期間を延長し、3月26日の発令からこれで5回目の延長となった。しかも、このところ、インドやバングラデシュで感染者が再び増えつつあり、特にタイと国境を接するミャンマーでは、第2波による感染者が急増していることから、政府は国境封鎖をさらに厳重にしたところである。そんな状況下で、タイ政府が現在の期限である9月末をもって、今度こそ非常事態宣言を解除するとは考えにくい。

しかし、そもそも世界有数の観光大国であるタイが、外国人観光客を一切受け入れないという現在の異常な状況がさらに長引けば、タイの観光産業が壊滅してしまうという中央銀行の危機感は全く正しい。タイスポーツ観光省の発表によれば、2019年には約4,000万人の外国人観光客がタイを訪れ、その観光収入はGDPの2割にも達していた。そして、その周辺産業が受ける恩恵をも含めると、観光産業にはそれをはるかに超える経済効果がある。それが、同省は今年の観光客数はわずか670万人、来年も1,200万人程度と悲観的な予想をしているのである。それこそ、外国人観光客の激減が今後のタイ経済に与える影響は計り知れないものがある。

ちなみに、カシコン銀行リサーチによる発表では、観光産業に直接関連するホテルやレストランだけでなく、最近は食品や飲料業界、家電業界にまで影響が出始めているということである。その結果、彼らは2020年のGDP予測を前回の調査からさらに下方修正し、マイナス10%とするに至った。しかも、今回の経済不況は景気が底を打ってもV字回復とはならず、低迷状態が長く続くU字回復になるそうで、まだまだ景気低迷は続くという見通しだ。

一方、これは現地紙グルンテープ・トゥーラギット(バンコクビジネス)に載った、タイ観光局による来年の観光産業に関する3つのシナリオをグラフにしたものである。この中で外国人観光客の入国禁止が来年も続くという最悪のシナリオ(赤の点線)の場合、観光客数はわずか614万人、観光収入も2,960億バーツまで落ち込むという予測である。そして、中間シナリオで1,250万人(青の点線)、ベストシナリオ(黄の点線)でも2,050万人の観光客ということであるが、どのケースでも2019年に比べると、観光収入で大幅減になることがわかる。

すなわち、これまで長い間、タイの観光産業は年間4,000万人もの外国人観光客を受け入れることができる規模で成長を続けてきていて、観光収入でも約2兆バーツ(7兆円)という巨大な金額をベースに需要と供給の関係が成立していたのである。しかし、コロナの影響で外国人観光客が4,000万人から600万人に激減した今、需給が崩れて極端な供給過剰となってしまっているのである。そこでもし、来年も今の状態が続くという最悪の状況になれば、観光関連業界は壊滅的な打撃を受け、倒産や失業者が溢れることになるのである。

そんな中、タイ政府は最近、「プーケットモデル」と呼ばれるリゾート地のプーケット限定で外国人観光客を受け入れる計画を発表し、10月から施行することになった。これに関する政府のうたい文句は「コロナ感染者のいない安全な国、タイで長期滞在」である。そして、もしこれがうまくいけば、パタヤやサムイ島などの他のリゾート地にも広げていく計画である。

しかし、残念ながらこれには2週間のホテルでの隔離期間があり、そこで何度もPCRテストを受けて感染してないことが確認されて初めて、タイ国内の他のところにも旅行ができるようになるというもので、非常に厳重である。しかも、この検疫期間だけで最低でも10万バーツ(約35万円)の費用が個人負担となるそうだ。

これでは、短期旅行が大半の外国人観光客にとって「プーケットモデル」はほとんどメリットがない。長く寒い冬を避けて数か月間、暖かいタイで過ごそうとするヨーロッパのリタイアリーであれば、2週間の検疫期間があってもそれなりの人達が避寒地としてやってくるかもしれないが、これでは数千万人もの外国人観光客を呼び戻す策としてはほとんど効果がない。

従って、タイ政府は早急に抜本的な政策転換を行い、国民の感染リスクを取ってでも観光産業を支える必要があるというタイ中央銀行の指摘はもっともなことだと思う。なぜなら、今もしそれができなければ、タイの観光産業は壊滅的な打撃を受け、将来立ち直れなくなるからである。その意味で、このバンコクポストの「タイ観光産業のメルトダウン」という刺激的な表現は、まさに今の危機的状況をうまく表現しているようにも思う。

ところで、こんな状況下、タイ国内では今、いつまでも無用な非常事態宣言を継続し、経済に対しても優柔不断な政府に対して不満が高まりつつある。そして、学生を中心とする反政府デモが繰り広げられるようになっているのであるが、残念ながら、我々日本人観光客やロングステイヤー達がまだかまだかと待ち焦がれている、タイを自由に訪れることができる日が再びくるのは当分先のことになりそうだ。

藤澤 愼二(ふじさわ  しんじ) バンコクの不動産ブロガー兼不動産投資コンサルタント
2011年、アーリーリタイアしてバンコクに移住。前職では「RREEF・グローバル不動産投資ファンド」のシニア・アセットマネジャーとして、不動産ポートフォリオのアセットマネジメントを行ってきた。