ゾンビ企業の救済で日本経済は「安楽死」する

池田 信夫

政策投資銀行が5月に日産に融資した1800億円のうち、1300億円に政府保証がついていたと朝日新聞が報じた。返済できなかった場合は8割(約1000億円)を国が補填するという史上最大の企業救済である。今後もコロナに関連して大型倒産が噂されているので、これが終わりではないだろう。

貯蓄超過の日本経済で民間の投資不足を政府が埋めることは悪くないが、問題はその中身である。政府が民間企業を救済するときは、その社会的影響が重視される。日産の場合は経営が破綻すると、下請け企業などの雇用に大きな影響が及ぶので、そういう影響を避けるために救済が行われるのだろう。

これは短期的には合理的である。それは債務者(日産)だけでなく債権者(政府)にとってもメリットがあるからだ。これを単純化して、次のような展開形ゲームで考えてみよう。

政府が1000億円投資(政府保証)し、救済が成功したときは1000億円返済されるが、失敗したときは600億円しか回収できないとしよう。成功した場合は何の問題もないが、問題は失敗したときだ。

普通の資本主義で投資を続けるのは、この企業が収益を生む(株主価値が1000億円を上回る)ときに限られる。損失を生む企業からは早く投資を引き上げ、600億円でも回収して収益を生む他のプロジェクトに投資することが合理的だ。

ところが政府のように大口の投資家が引き上げた場合、企業が清算されると損失が確定する。ここで「清算すると600億円しか回収できないが、日産の雇用を維持する公益が500億円あるので、合計した社会的価値は原資1000億円より大きい」と考えると、救済を続けることが合理的になる。

つまり債権者が債務者の利益を考えると、事後的には救済が合理的(パレート効率的)になるのだ。これは「人質効果」とも呼ばれ、身代金を払って人質を救出するのが事後的には合理的になるのと同じである。

「公益」の過大評価で生産性が低下する

これは甘い予算制約(SBC)と呼ばれる普遍的な現象で、社会主義国の滅亡した本質的な原因である。収益を生まない投資を最終的に止めるのは債権者の予算制約なので、制約のない政府が企業を救済すると歯止めがなくなる。

それが安倍政権の「官邸官僚」がやってきたことだ。中小企業の融資返済を猶予するモラトリアム法(中小企業円滑化法)で猶予された返済の件数は363万件、総額は100兆円以上に及ぶ。政府はその貸し倒れ損失の40%を補填した。

この他にも雇用調整助成金や公庫融資などのさまざまなチャンネルで、膨大な補助金が中小企業に注ぎ込まれた。その結果、補助金あさりが中小企業経営者の最大の仕事になり、次の図のように非製造業の中小企業の生産性(TFP)は2000年代より低下した。

深尾京司氏の推計

しかし生産性が下がって賃金が下がるコストはほとんどの人にみえないので、この悪循環を断ち切ることは政治的には困難だ。安倍首相はこういう「汚れ仕事」から逃げて8年間ずっと金融緩和を続け、ゾンビ企業とゾンビ銀行を延命してきた。

もちろん経営破綻は望ましくないが、債務整理しても工場が消えてなくなるわけではない。古い企業にロックインされている人材や資金が有効利用され、新陳代謝が進むメリットもある。「公益」を過大評価してゾンビ企業の救済を続けていると生産性はさらに低下し、労働人口の減る日本経済は「安楽死」するだろう。

これからもコロナで壊滅状態になった交通・観光・外食などの分野でゾンビ企業の倒産が出てくるだろうが、これは日本経済が再生するチャンスでもある。財政出動の対象は(資本市場で解決する)日産のような大企業ではなく、中小企業や地方銀行の整理・再編のファンドだろう。次期首相と目される菅官房長官は「地銀の再編」を公約にあげているので、その実行力に期待したい。