東地中海の天然ガス田争奪戦の行方

原油、天然ガス、金銀鉱山などの資源が見つかると、その採掘権利を巡り関係者、国の間で争いが起きる。前世紀まではそうだったが、残念ながら21世紀に入ってもその状況は変わらないばかりか、紛争の規模は拡大し、激しさを増してきた。地下資源観測用人工衛星の発展で地下に眠っている資源の在りか、規模などが詳細に分かるから、紛争や争いは試掘の段階で始まるケースが多くなった。

▲東地中海の天然ガス田の権限を主張するトルコのエルドアン大統領(エルドアン大統領の公式ツイッターから)

東地中海周辺で2010年頃から天然ガス田が発見されたが、その採掘権限でトルコ、ギリシャ、それにキプロスの3国が今、争いを展開している。ギリシャとトルコ両国は軍艦まで出動させ、対立がエスカレートしてきたため、欧州連合(EU)が調停に乗り出し、関係国に対話を呼び掛けている。

アテネは、「トルコはギリシャの海域に不法侵入している」と批判、アンカラは、「トルコの大陸棚で天然ガス田を作業している」と反論している。トルコのエルドアン大統領は6日、EUのシャルル・ミシェル大統領と電話対談し、ギリシャとの天然ガス騒動について、「党派性なく、客観的に調停してほしい」と述べている。一方、ミシェル大統領はトルコ側に、「事態がエスカレートしないように、両国間の緊張を高める行動は慎んでほしい」と要請し、紛争解決のために多国間会議を申し出ている。

東地中海の天然ガス採掘問題では、ギリシャ、トルコ、キプロスの3国だけが関わっているのではない。その周辺国、企業が絡み、問題を一層複雑にしている。東地中海に面している国はギリシャ、トルコ、シリア、イスラエル、エジプト、リビア、イタリア、キプロス、レバノンの9カ国だ。それぞれが東地中海に眠る天然ガス田に熱い眼差しを注いでいる。問題が起きないこと自体、奇跡だろう。

ギリシャはEU加盟国であり、北大西洋条約機構(NATO)加盟国だ。キプロスはEU加盟国。一方、トルコはEU加盟国ではないが、立派なNATO加盟国だ。すなわち、ギリシャとトルコ両国はNATO加盟国の同盟国なのだ。

参考までに、ギリシャとトルコ両国関係は歴史的には友好とは言えない。ギリシャは1830年にオスマン帝国から独立して以来、トルコとは常に紛争と和解を繰返してきた。その両国が現在、軍事衝突の危機に直面しているのだ。東地中海で天然ガス田が発見されたからだ。

それだけではない。両国の紛争に第3、第4の国が絡んできている。例えば、フランス海軍は8月13日、ギリシャ海軍と合同演習をしている。マクロン大統領は東地中海の資源問題でトルコが深く関わることを牽制している。もちろん、エルドアン大統領はフランス海軍の介入に強く反発している。

トルコとフランス両国はシリア内戦、リビア紛争などで立場の相違があって、決して良好関係とは言えない。トルコはリビア暫定政権と組んで地中海に排他的経済水域(EEZ)を設定し、トルコ包囲網の突破を図っている。そのうえ、トルコ軍は今月6日、北キプロスで軍事演習を開始し、同国国防省によれば、「10日まで実施する予定」というのだ。

東地中海の膨大な天然ガス田開発競争ではイスラエルが先行している。同国はエジプトやギリシャと組んで天然ガス田の試掘を始めている。キプロスは米国、フランス、イタリアの採掘会社に調査を依頼。キプロス沖で天然ガス田が発見されたが、その海域がトルコが支配している北キプロスの海域と重なることから、ここでもトルコ・キプロス間でいがみ合いが生じている。

参考までに、1974年のトルコの軍事進攻以来、キプロスは分割され、北はトルコ側の支援で北キプロス・トルコ共和国が出来たが、国際的認知が欠けている。一方、キプロス共和国は国際的に認知され、2004年にEU加盟国となった。

米国も戦略的に重要な東地中海での地下資源問題を静観していない。トルコ南部には米軍のインジルリッキ空軍基地があって、イランに目を光らせているからトルコを敵に回すことは難しい。一方、ロシアはトルコとの関係を深めている。シリア内戦でトルコ軍と連携し、現在はトルコ初の原子炉を建設中だ。ただし、ロシアは正教国だから、トルコと対立している正教国ギリシャやキプロスとの関係を無視できない。ロシアは東地中海の天然ガス田開発問題では経済的関係を重視するか、宗教・文化的繋がりを大切するかの選択を強いられているわけだ。

エルドアン大統領は先月21日、イスタンブールで記者会見を開き、「黒海周辺(北部ゾングルダ県沖約170キロ)で過去最大規模の天然ガス田、推定3200億立法メートルが見つかった。20年間はトルコの全エネルギーを賄うほどのものだ」と発表し、「2023年には生産を開始する。トルコ経済は回復、発展していく」と誇らしく語ったばかりだ。

先述したように、トルコは現在、東地中海の天然ガス開発と海底パイプラインの建設問題でギリシャ、キプロスと対立している。今回の黒海の天然ガス田発見ではロシアとブルガリアから既に不協和音が聞かれる、といった具合だ(「エルドアン大統領の『良き知らせ』は」2020年8月24日参考)。

中東地域では過去、原油、天然ガスの発見がその国の国民経済、ひいては国民の生活改善に役立った例はあまり多くない。むしろ、大国の介入もあって多くの戦火の舞台となってきた。そして今、東地中海で天然ガス田の開発競争が展開中だ。どの国がどの国を支援しているのか、時には分からなくなる状況が生まれてきている。

地下資源に乏しい日本から見たならば、原油、天然ガス田に恵まれた中東・東地中海の周辺国が羨ましく感じるが、神が準備した地下資源の奪い合いで紛争を繰返す現状を見る時、人類は進歩しているのだろうか、といった呟きがこぼれてくる。神の祝福、恵みを分け合うことがなんと難しい課題なのだろうか。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。