外国人技能実習制度という「ドーピング」 --- 北村 泰

寄稿

海外との往来が再開すれば、外国人帰国ラッシュが始まると予想した前回記事には思わぬ反響を頂いた。

18日から再開したベトナムと日本の航空便を見ると、運航は週4回だが、発売されたのはベトナム発のチケットのみ。日本発の席は、帰国が延期になっていた留学生、技能実習生で埋まっているのだろう。それだけ留学生、技能実習生を受け入れていたのだ。特にここ数年の技能実習生数の伸びは異常だった。

(参考) ベトナム航空、18日から成田行き定期便 ハノイ・ホーチミン発、半年ぶり ーAviation Wire(2020年9月10日)

1. 逆風下で増え続けた技能実習生

日本は技能実習生を大手を振って受け入れていただろうか?そんなことはない。制度に対する批判は多かった。技能実習生の増加と共にメディアで取り上げられる回数も増加。禁じられている除染作業をさせたり大手ブランド縫製工場優良地域ブランドの労務問題など、炎上したニュースをあげればキリが無い。

批判の高まりを受けてか、2017年には技能実習法施行により外国人技能実習機構(通称OTIT)による監督制度が導入され、2019年には法務省入国管理局が庁に格上げになるなど、組織、対応人員が増え、取締りも強化された。それにも関わらず、受け入れ数はどんどん増えていった。なぜなら企業が実習生依存を深めていったからだ。企業の労務、コンプライアンス、もしくは外国人の人権問題という観点からの批判が多いこの制度だが、企業経営、経済的に見ても闇は深い。

(参考) 外国人就労拡大へ、新制度スタート 「入管庁」発足 ー朝日新聞(2019年4月1日)

2016年からは自動車整備も技能実習生の職種に(国交省サイト

2. 企業のメリット

あまり知られていないことだが、技能実習生募集、採用のコストは日本人のそれとあまり変わらない。むしろ高いことすらある。受け入れの事務手続きやマニュアル、掲示物の作成、寮の準備等負担も増える。実習生が増えれば生活の面倒を見るためのスタッフを雇わなければいけない事も。初期はトラブルも多く、手探り状態の日々が続く。メリットを感じる余裕は無いだろう。

しかし我慢して続けるとメリットが感じられるようになる。待遇は最低賃金程度と安く、昇給の必要も無い。制度上、最長5年間で期間満了、帰国するためだ。更に彼らは転職できない。企業側がコンプライアンスを遵守している限りは辞めたり、失踪する心配も殆どない。企業としては初期費用が多少かかるものの、人材が安定して、安く雇える。

(参考)技能実習制度における失踪問題への対応について ー出入国在留管理庁(2019年12月24日)

3. 依存していく企業

言語、文化の違いによる衝突は日常茶飯事。人間関係のトラブルもある。経営者やスタッフは決して楽では無い。だが2,3年と続ければコツも掴めてくるし、真摯に向き合っていれば絆も生まれる。期間満了を迎えた実習生達は、自国では望めなかった給与、そして日本での勤務実績を得て、感謝をもって帰国していく。その笑顔に達成感、やりがいを感じることもあるだろう。

在アジア日系製造業の作業員・月額基本給(中央値と平均値の比較、単位:ドル)

しかし建前上、技能実習生は実習中。業務は原則受け入れ時に提出した実習計画に沿って行う。能力や適性に応じて自由な配置転換はできない。当然実習期間も決まっている。人手不足解消、人件費削減で既存業務はなんとかなるかもしれない。問題は受け入れによって企業は延命できるものの、身動きが取れなくなってしまうことだ。

実習生がいるので市場がいくら縮小傾向でも既存事業の撤退はできない。新しいことをするにも、彼らができない業務は結局人手不足。生産量をあげようと思ったら結局技能実習生を増やす方向になる。効率アップ、機械化はむしろ彼らの仕事を奪ってしまう。この制度大きな問題点はこうやって技能実習生に依存して延命する企業を次々に生み出し、企業がそこから逃れられない状態をつくってしまうことにある。

4. 技能実習生制度は「ドーピング」

41万人という在留技能実習生の数字は、日本全体の労働人口6655万人から見たら1%にも満たないちっぽけな存在だ。しかし彼らは環境の変化についていけず、本来は生き残れないような企業にとっての「ドーピング」になっている。そしてドーピングのお陰で生き残っていく企業の傍らで、人件費の面で不利な競争を強いられる新規参入企業は市場から撤退していく。

現行の外国人技能実習制度は一部の企業を救済する代償として、その企業の変革意識を削ぎ、市場の新陳代謝を阻み、結果成長の芽を摘んでいる。政府は自ら発表した成長戦略の足を引っ張るこの制度を今すぐ見直すべきだ。コロナ禍で技能実習生の入国が激減している今はその好機。そして与党自民党はこの制度が支持基盤である中小企業の経営者達を救うはずが、実は弱体化させている事を自覚した方が良いだろう。

*技能実習生の数は全てe-Stat内出入国管理統計より

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北村 泰

ベトナム語通訳・移民教育行政アナリスト。日本語ベトナム語バイリンガル、横浜国立大学中退。イデオロギーの戦いに終始する外国人を取り巻く議論と一線を画し、現制度の問題点と今後のあり方を発信。日橋塾代表。