22日に始まった国連総会の一般討論でトランプと習近平が“舌戦”を繰り広げた。とはいえ目下のコロナ禍、事前に収録したビデオの演説なので、先に演説した者の上げ足取りなどは出来ない。が、相手の出方が判らない分、これはこれで別の面白みがある。
それぞれの演説の全文が、先攻のトランプ演説はStars&Stripesのサイトに、後攻の習演説は中国国営テレビ(CGTN)のサイトに掲載されていたので読み比べてみた。なお、英文ベースの単語数はトランプが4,900字余りで習は5,700字弱と、習の方が若干長い。
トランプ演説
極めて具体的な中国非難演説そのものだ。冒頭から「我々は、188ヵ国で数え切れない程の命を奪っている目に見えない敵-中国ウイルス(China virus)-との激しい戦いを繰り広げている」といった按配で、You tubeならすぐに削除されそうな直截さ。
続けて、米国がコロナ対策として先の大戦以来の大動員を掛け、世界と共有できるほど多くの人工呼吸器を供給して死亡率を大幅に下げたこと、そして目下臨床試験の最終段階にある3種のワクチンを量産していることなど、パンデミック終息に向けての米国の貢献を強調する。
そして中国攻撃が始まり、まず「我々がこの明るい未来を追求するとき、我々はこの疫病を世界にもたらした国、中国に責任を負わなければならない」とこれまでの持論を展開する。それもあくまで具体的な事例を挙げて、例えばこのように。
ウイルスの初期に、中国は国内の旅行を禁止しながら、国外へのフライトを許して世界を感染させた。中国は、国内便を止めて市民を家に閉じ込めていたにも拘らず、私が中国から米国への渡航を禁止したことを非難した。
中国政府と中国が実質的に管理するWHOは、ヒトヒト感染の証拠がない、と偽って(falsely)宣言した。後に彼らは、症状(symptom)のない人は病気(disease)を拡大しない、と偽って述べた。国連はそれらの行動に対して、中国に責任を負わせなければならない。
まずはコロナに関して、これまで様々な報道で国際社会に明らかにされている中国とWHOの初動対応の不備を、falsely(偽って)という強い語を用いて厳しく非難し、国連は中国にその落とし前を付けさせねばならない、と強調した。
次にトランプの中国攻撃は環境問題に転ずる。それは中国による毎年数百万トンの廃ブラやゴミの海洋投棄、サンゴ礁の破壊、水銀の大気放出であり、米国に倍するCO2排出といった具合。他方、米国が昨年7月のパリ協定脱退後も、どの国よりCO2削減を進めていることも強調する。
トランプは「overfishes other countries’ waters(他国の水の乱獲)」にも言及した。日本でも中国による北海道の水源地を中心とした土地漁りが静岡県ほどの面積にもなっている。が、トランプの念頭にあるのはチベットだ。アジアの主要な大河でチベットが源流でないのはガンジス川だけだ。
揚子江も黄河も濫觴はチベットの雪解け水だが、中国を流れる分には他国に関係しない。が、例えばメコン川はそうはいかない。タイ、ラオス、ミャンマー、カンボジアそしてベトナムを流れ、流域の約6000万人の生活を支えているメコン川は今、記録的な水位低下に晒されている。
ポンペオ国務長官は昨年8月のASEAN会合で、中国がメコン上流で建設するダムがこの原因であることを示唆した。大紀元は9月18日付のYou Tube(下記リンク)で、中国がチベットに数多のダムを作って川の流れまで変えている、との衝撃的なマウラ・モイナハン女史の研究を暴露している。
次のトランプの矛先は人権問題。中国を名指しこそしていないが、「テロ、女性の抑圧、強制労働、麻薬密売、人身売買、宗教的迫害、宗教的少数派の民族浄化などが含まれる」と例示すれば、大半は中国で、あとは北朝鮮とイランが聞く者の念頭に浮かぶ。
続けてトランプは「米国は常に人権のリーダーで、私の政権は、宗教の自由、女性の機会、同性愛の非犯罪化、人身売買との闘い、胎児の保護を推進している」と自己PRした後、「米国が過去4年間で2.5兆ドルを軍事費に投じ」て、世界最強の軍隊に磨きをかけたと述べる。中国への威嚇だ。
そして中国との貿易戦争、NATO問題、中米諸国との協力と一部独裁国との闘争、イランとISISとの問題に触れた後、今般のイスラエルとUAE・バーレーンとの和平協定の成果を強調した。そして最後に、彼が最も強調したかったはずのことを述べて演説を締め括った。
大統領として私は、失敗した過去のアプローチを拒否した。そして私は、貴方が貴方の国を第一に考えるべきであるように、私は誇りを持って米国を第一に考える。
習演説
端的にいって抽象的で観念的かつ説教調でパンチが効いていない。常套の嘘もちりばめてあるが、何より、中国が国際社会から普段そのように非難されている事柄を鸚鵡返しに述べている、という印象が強い。つまり、知らずに聞けば、誰かの中国に対する批判のようなのだ。
冒頭で、「75年前、世界の人々は激しい闘争と途方もない犠牲を払って世界反ファシズム戦争で大勝利を収めた」と述べる。が、今や共産中国こそがファシズムの権化なのだから、まるで説得力がない。
次に、「COVID-19の突然の攻撃は、全世界にとって重大な試練」で、「人類は相互に関連し合う新しい時代を迎え」、「グローバルな脅威とグローバルな課題には、強力でグローバルな対応が必要」として、トランプが述べるはずのアメリカ・ファーストを念頭に、次の4つのことを共有したいとする。
一つ目は「国連は正義を堅持すべき」こと。「世界情勢と他者の運命を支配し、発展の利点全てを自国に保つ権利を持つ国はない」とし、「好きなことをして、世界の覇権者、いじめっ子、またはボスになることを許されるべきでない」、「単独推進主義は行き止まりだ」と述べる。だが、聞く者の頭には米国より中国がよぎる。
二つ目は「国連は法の支配を擁護すべき」こと。「大国は国際法の支配を擁護し、その約束を尊重することにおいて模範を示すべきで、例外や二重基準の実践があってはならない」とし、「国際法が歪曲され、他国の正当な権利と利益を損なう口実として使われるべきでない」というけれど、南シナ海で中国が言われていることだ。
三つ目は「国連は協力を促進すべき」ことであり、四つ目は「国連は実際の行動に焦点を当てるべき」で、「多国間主義の原則を実践するためには、ただ話すだけでなく、行動しなければならない」という。中国が言うから空疎に聞こえるが、国際機関たる国連の使命であるのはその通りだ。
が、その後の嘘はいけない。「中国が最初に国連憲章に署名した国連の創設メンバー(founding member of the UN)だ」というのだ。中華人民共和国の国連加盟は71年10月であり、46年10月に発効した国連憲章に署名した国連の創設メンバーが中華民国だったことなど世界中が知っている。
筆者は(きっと国際社会も)、習の頭の中はどうなっているのか、と思う。が、9千万人の中国共産党員やその他14億の中国国民は果たしてどう思っているのだろうか。筆者の軍配はトランプ演説に上げたい。