独で見られる反日傾向と「少女像」

長谷川 良

ドイツの首都ベルリンで在独韓国人の民間団体「韓国協会」が28日少女像を設置したことが明らかになった。韓国側はドイツではこれまで2体の少女像を設置しているが、全ては韓国人所有の私有地だったが、今度は公道だという。

当方はまだその少女像を見ていないが、「公道で」というのが事実ならば、大きな問題を含んでいる。ベルリン市の関係者の認可がなくては公の道で像やプラカードを立てることは本来できない。少なくとも、ベルリン市関係者の許可を受けて同市中心部ミッテ区で少女像を建立したと考えざるを得ないからだ。

ベルリンに設置された少女像(KBSニュースより)

ベルリンに設置された少女像(KBSニュースより)

韓国団体は過去、海外でも慰安婦問題を糾弾する目的で少女像を設置してきた。米国では地方の親韓派の政治家を巧みに利用して少女像を設置してきたケースが多い。

少女像は反日団体の輸出商品のように世界各地で設置され、日本を非難してきた経緯がある。今回もその流れに沿った行動だ(「韓国は『憎悪』を輸出すべきでない」2014年1月20日参考)。

「韓国協会」代表は「少女や女性への性犯罪を罰し、性犯罪を世界から追放するため」と少女像の設置目的を説明している。それにしても、韓国が人口当たり性犯罪が非常に多い国であり、韓国国内では性犯罪が多発している。海外で他国のことを批判している場合ではないのが現実だろう。

ベトナム戦争での韓国軍兵士のベトナム人女性への性犯罪は件数だけでも多い。にもかかわらず、わざわざドイツに出かけ、旧日本軍の慰安婦問題を糾弾する「韓国協会」は明らかに女性権利の擁護団体ではなく、反日に凝り固まった反日職業活動家グループと受け取って間違いないだろう。「女性の権利」を守るというのならば、自国内で取り組まなければならないはずだ。はっきりと言えば、彼らは確信犯だ。

ここではドイツの公道で少女像が設置されたという点を考えたい。ベルリン市当局に親韓派政治家か韓国人ロビイストが暗躍しているのだろうか。

通常の場合、ドイツに関係のない第3国の要請を受けて、自国の公道に歴史的にも定説がない問題に関連する像の設置を認めることはない。だから、米国ではメディアで報道されて初めて知った政治家が少女像の撤去を要求したことがあった。ドイツ側の反応はどうだろうか。

問題は、ドイツには表面的には表れることが少ないが、政治家、知識人、メディア関係者に潜在的な反日傾向が見られることだ。隣国オーストリアでも同じ傾向を感じてきた。その反日傾向は欧州人の知識人によくみられる反米傾向とは異なっている。第2次世界大戦の歴史と関係しているように感じるのだ。

多くのドイツ人はアジアで最初に経済大国となった日本を評価しているが、第2次世界大戦の問題に関わってくると少し違ってくる。

韓国人は「日本は過去の戦争問題で十分謝罪していない。償っていない」といって日本を批判するが、ドイツ人は不思議と過去問題では韓国人の主張に同意するのだ。韓国人が旧日本軍の慰安婦問題を追及すれば、その是非を検証せずに韓国側の主張を受け入れ、日本を批判する。韓国側は「日本はドイツに見習え」と強調し、ドイツの戦後の戦争処理を高く評価する。過去問題では韓国とドイツ両国のスタンスは近いのだ。

ゲアハルト・シュレーダー前独首相(首相任期1998年10月~2005年11月)は2017年9月、訪韓し、文在寅大統領と会見する一方、旧日本軍の慰安婦被害者が共同生活を送る施設「ナヌムの家」(京畿道広州市)を訪問し、そこで日本の歴史問題に対する対応を批判し、韓国国民の歓迎を受けている(「訪韓した独前首相の『反日』発言」2017年9月14日参考)。

このコラム欄でも数回、書いたが、ドイツ政府は「賠償問題は戦争直後、解決済み」という立場を堅持してきた。

日本は戦後、サンフランシスコ平和条約(1951年)に基づいて戦後賠償問題は2国間の国家補償を実施して完了済みだが、第1次、第2次の2つの世界大戦の敗戦国となったドイツの場合、過去の賠償問題は日本より複雑だ。ドイツの場合、国家補償ではなく、ナチス軍の被害者に対する個別補償が中心だからだ。だから、ギリシャやポーランドでは、ナチス・ドイツ軍の占領時代(1941~44年)に対する戦時賠償金支払いをドイツ政府に要求する動きがある。

例を挙げる。ヨアヒム・ガウク独大統領(当時)は2014年3月7日、第2次世界大戦中にナチス・ドイツ軍が民間人を虐殺したギリシャ北西部のリギアデス村(Ligiades)の慰霊碑を訪問し、ドイツ軍の蛮行に謝罪を表明したが、同大統領の演説が終わると、リギアデスの生存者たちは「公平と賠償」と書かれたポスターを掲げ、「大統領の謝罪はまったく意味がない。われわれにとって必要なことは具体的な賠償だ」と叫び出した。

ドイツは戦争責任をナチス・ドイツの戦争犯罪に縮小し、ユダヤ人虐殺問題では賠償し、謝罪したが、戦争犯罪はナチス政権が犯したものであり、悪いのはナチス政権だという考えが強い。その結果、「ドイツ国民はナチス政権の犠牲者だった」と感じる国民が少なくない。

日本に併合されていた韓国は第2次世界大戦では日本軍の一員として米国らと戦争したが、敗戦後、「われわれは日本に支配されてきた。韓国は犠牲者だった」と主張し、第2次世界大戦終了直後、韓国も日本の支配から解放された勝利国だと主張した。ドイツと韓国人は戦争後の対応ではよく似ているわけだ。加害者だったが、被害者を装い、同じ敗戦国の日本に対しては冷たい視線で見つめてきたのだ(「ナチス政権との決別と『戦争責任』」2015年4月29日参考)。

忘れてならない点は、ベルリンには冷戦時代から韓国から追われた反体制派活動家が拠点を構築し、ソウルの政府を糾弾してきたという事実だ。彼らには親北派の学生や留学生が多く、同時に反日活動家だ。今回の少女像の設置では背後でべルリン側に働きかけたかもしれない。

加藤勝信官房長官は29日、ベルリン市の少女像設置について「極めて遺憾」と述べたが、日本外務省はドイツ側に少女像の撤去を強く要求すべきだ。黙認、静観は外交の世界では通用しない。

相手が声を大にして批判してきたならば、それよりも大きな声で反論しない限り、負けてしまうのだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年9月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。