アジア太平洋交流学会会長 澁谷 司
かつて、我々は中国が台湾に侵攻する可能性は著しく低いと、一度ならず指摘した。ところが、昨今、軽々しく中国の台湾侵攻を唱える風潮がある。
例えば、今年(2020年)8月6日、ダニエル・デイビス(元米陸軍中佐)が米誌『ナショナル・インタレスト』に発表した「米国は中国の台湾侵攻を撃退できるか?」という論文である。彼は、その中で“机上のシミュレーション”の結果、米軍は中国の台湾侵攻を阻止できないと悲観的に述べている。
けれども、このような“机上の空論”には承服しかねる。
第1に、中国の台湾侵攻を唱える人達は、中国人の行動様式を理解しているのだろうか。
- 彼らは『孫子』をちゃんと読んでいないせいか、中国人の行動原理が分かっているとは思えない。我が国では『孫子』と言えば、「敵を知り己を知れば百戦危うからず」が有名である。だが、これはセカンドベストに過ぎない。孫子は決して武力行使を推奨していない(特に、負け戦を嫌う)。スパイを使った情報戦等で「戦わずに勝つ」事こそベストである。
- 中国共産党幹部は、チャンスがあれば米国等へ逃亡しようとしている。このような指揮官の下、人民解放軍兵士が指示通りに動くとも思えない。
- 多くの解放軍兵士は真剣に台湾を「解放」しようとは考えていない。大半は、戦闘で如何に生き延びるかしか関心がないだろう。
第2に、彼らは中国の現状について知っているのだろうか。
- 目下、「習派」対「反習派」間で深刻な党内闘争が起きている。党内が一致団結して戦争を遂行できる状況にはない。
- 今の中国は「国進民退」で、経済が更に悪化している。また、この夏の水害や蝗害で経済が壊滅的な状況に陥った。食糧危機さえ懸念されている。
- 今年の夏、北戴河会議では「対外的には柔軟な路線、対内的には強硬な路線」が決定されたという。
一方、台湾軍は郷土を死守しようと命がけで戦うだろう。いくら現代戦ではミサイル等のハイテク兵器が勝敗を決すると言っても、最後は精神力がモノをいうのではないか。
第3に、彼らは米国にとって台湾がどのような存在か、認識しているのだろうか。
- 米「台湾関係法」では、米国が“国内法”で台湾人の生命・財産・人権の防衛を保障している。これは、米国が台湾を自国領土の一部(準州)と見なしている証左ではないか。
- 2005年以降、米国は台湾に米軍人を常駐させている。現在、最大4,000人規模の米軍が台湾に駐屯しているという。
- 米陸軍の精鋭部隊(エクセレンス)と台湾陸軍は数十年にわたり、毎年、合同演習を行ってきた。中国軍の奇襲に備えるためである。
第4に、彼らは地政学を真剣に学んだことがあるのだろうか。
- アルフレッド・マハンが喝破したように、いかなる国も「大陸国家」と「海洋国家」を兼ねる事はできない。「大陸国家」の中国が海上で「海洋国家」の米国に勝つのは困難だろう。
- 最近まで習近平政権は対外強硬路線の「戦狼外交」を展開し、“四面楚歌”状態にある。それに対し、米国は日豪印英仏と共に対中包囲網を形成している。
- 中国には、「アキレス腱」とも言える三峡ダムが存在する。いざとなれば、台湾は中距離ミサイルで三峡ダムを標的にするだろう。
その上、中国軍は米軍と違って、中越紛争以来、40年以上、本格的な戦争を経験していない。
上述の理由から、ハイテク戦争・宇宙戦争は別にして、中国共産党は米国との本格的な戦闘で勝利できないと自覚しているだろう。
さて、万が一、中国軍が台湾侵攻する場合、3つのケース(地域)が考えられる。
(1)中国軍が南シナ海南沙諸島の太平島・中洲島を攻撃する。
(2)中国軍が福建省の一部、馬祖・金門を攻撃する。
(3)中国軍が澎湖島を含む台湾本島を攻撃する。
現在、台湾の与党は民進党である。(1)の場合、蔡英文政権が果たして太平島・中洲島を守るだろうか。また、(2)については、現時点で、蔡政権は馬祖・金門を死守する可能性はある。だが、ひょっとして、民進党政権は同地域を中国に明け渡す可能性も捨て切れない。
ただ、(3)の場合、台湾軍は全力で本土を防衛しようとするだろう。同時に、中国が台湾侵攻した際、台湾に駐屯している「在台米軍」は必ず出動する。
そのため、国民党の馬英九前総統や蘇起・元国家安全会議秘書長が唱える「初戦すなわち終戦」や「米軍は台湾を助けに来ない」という事態はあり得ない。
以上のように、中国が台湾へ侵攻する蓋然性は極めて低いと考えられる。ただし、中台両軍の偶発的な事故や誤算により、中台戦争勃発の可能性がゼロとは言い切れないだろう。
澁谷 司(しぶや つかさ)
1953年、東京生まれ。東京外国語大学中国語学科卒。元拓殖大学海外事情研究所教授。専門は、現代中国政治、中台関係論、東アジア国際関係論。主な著書に『戦略を持たない日本』『中国高官が祖国を捨てる日』(経済界)、『2017年から始まる!「砂上の中華帝国」大崩壊』(電波社)等。
編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年9月23日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。