「日本学術会議」の会員の任命をめぐって、菅義偉政権の「学問の自由の侵害」であると批判が出ている。 10月3日には、首相官邸前でデモが行われ「学問の自由を守れ」「拒否権なんて無い」と書かれたプラカードが掲げられた(デモ参加者は約300人)。今月招集される臨時国会でも、この問題が争点になる可能性が高い。
今回、任命されなかったのは6人。芦名定道(京都大学大学院教授、専門はキリスト教学)。宇野重規(東京大学教授、専門は政治思想史)。岡田正則(早稲田大学教授、専門は行政法)。小澤隆一(慈恵会医大教授、専門は憲法学)。加藤陽子(東京大学大学院教授、専門は日本近代史)。松宮孝明(立命館大学大学院教授、専門は刑法)。
芦名教授は「安全保障関連法に反対する学者の会」の賛同者の1人であり、宇野教授も同じ。岡田教授も「安全保障関連法の廃止を求める早稲田大学有志の会」の呼びかけ人の1人であり、小澤教授は安全保障関連法案を審議する衆議院の特別委員会の中央公聴会に野党推薦の公述人として出席している。加藤教授と松宮教授は共謀罪に反対していた学者である。この6人に共通するのは、安倍政権の政策に反対していたということ、リベラル派の学者たちであるということであろう。
日本学術会議は、内閣総理大臣が所轄し、その経費は国の予算で負担される。「日本学術会議法」によると、会員は会議が候補者を選考して首相に推薦し、推薦に基づいて首相が任命する。よって、推薦された人物を任命するもしないも、首相の自由ということである。
しかし毎年、約10億円の予算(税金)が当てられている組織の人事に不透明なところがあるならば、なぜ任命しなかったかの理由は、首相や政府にしっかりと説明してほしい。これは思想的に右とか左とか関係なく、一国民として納税者として、そう感じるのである。
「法に基づいて適切に対応した結果」とか「個別人事だから理由は言わない」という説明では、大部分の国民は腑に落ちないだろう。「政権の政策や意向にそわない人物だから任命しなかった」ーもし、それが真の理由なら、そうはっきり言えば良いのだ(その理由が多くの国民に受け入れられるか否かは別問題だが)。
また、もし政権の意向にそわない人物でも今まで任命していたのなら、それはなぜなのか。なぜ急に任命拒否という挙に出たのか。6人の学者の主張や思想のどこにそれほどの問題があったのか。そうした事の説明は、首相はしっかりするべきだろう。そうでなければ、この問題で、国民の政権への不信感や反発は強まり、支持率は急降下、思わぬ大きな打撃を与える可能性がある。
その一方で、新会員候補の任命を見送ったことを「学問の自由への侵害」と非難する学者たちにも異議がある。学術会議のメンバーにならずとも、学問は自由にできるからだ。
それはさておき、私自身は、安保法制や共謀罪に反対していた学者であっても、任命するべきだと思う。自らの政策や思想に賛成する「イエスマン」だけ集めても意味がないし、今回の首相の決断が認められるなら、もし将来、左翼政権が誕生した時に、例えば、保守派の学者が学術会議から排除されても文句は言えないだろうからだ。
と言って、日本学術会議自体に問題がないかと言えばそうではない。朝日新聞の社説は
「このままでは学者が萎縮し、自由な研究や発信ができなくなるおそれがある」(社説 学術会議人事 学問の自由 脅かす暴挙、朝日新聞2020・10・3)
と述べるが、同会議に集う学者が本当にそのような軟弱者の集まりならば、そのような組織はないほうが良い。学術会議メンバーが首相の決断を批判するなら、学術会議をボイコットするなり、集団辞職する手法もあろう。肩書などに拘らない、それくらいの覚悟があっても良いだろう。
また学術会議は、1950年に「戦争を目的とする科学研究には絶対従わない」と決意する声明を出し、1967年にも「軍事目的のための科学研究を行わない」声明を出している。そして、2017年3月には「軍事的安全保障研究に関する声明」を発表。それは「研究者は、国家の安全保障を軍事的手段で実現するための研究(軍事研究)に関与することに、慎重であるべきだ」という趣旨の声明であった。
これらの声明は、大学において軍事研究をしてほしいと考えている人々の意向を尊重していないのではないだろうか。こう言うとすぐに「軍国主義者だ」とか「戦争主義者だ」との非難がリベラル派から飛んできそうだが、当然の事だが、私は軍国主義に反対だし、戦争はできうる限り避けるべきだと考えている。
しかし、有事と言うものは急にやって来るものであり、非常時に備えた準備は、科学研究の総力を集めてやっておくべきだと考えている。そうした観点から、大学で軍事研究を行う「自由」もあって良いはずである。もし、学術会議が、軍事研究の「自由」を侵害している事例が散見されるならば、それこそ、学問の自由の侵害であろう。
元大阪府知事の橋下徹氏は、自身のツイッターで「学術会議は軍事研究の禁止と全国の学者に圧力をかけている」(10月1日)と記しているが、圧力をかけている事例があるならば、それこそ大問題である。
日本学術会議が毎年巨額の受けている割に、それに見合うようなどのような成果を挙げているのか、学術会議はメンバーの推薦をどのようなプロセスで行っているのか、推薦理由は何であるのか。学術会議側もそういったことを明らかにすべきだ。
そうでないと何れ「税金の無駄使い」ということで、同会議も存続の瀬戸際に立たされることになろう。以上、日本学術会議新会員任命拒否問題について述べてきたが、政府もなぜ拒否したのかの誠実な回答が必要であるし、学術会議側にも様々な問題点があるのでそれに対する真摯な回答があってしかるべきだろう。
かつて、東京教育大、筑波大で学長を務めた三輪知雄氏は、日本学術会議に集う学者のことを
「大学自治と称するカーテンによって閉鎖された特殊社会であり、そこを職場とする教師たちにはお坊ちゃん的な甘さがあり、独りよがりの色合いが濃く、またおしなべて反権力的である。このような環境は進歩的左翼の育つ絶好の場であって、学術会議はおもにこのようなところから送り出された人たちから成り立っている」(『赤い巨塔「学者の国会」日本学術会議の内幕』時事問題研究所 1970)
と評した。
また、東京大学で天文学を研究する戸谷友則教授は、日本学術会議を
「主導する現在の議論は、トップダウン的に一つの考えがすべての研究者に押しつけられているような印象があり、その点に強い違和感を感じ、憂慮しています。その原因を突き詰めて考えていくと、学術会議声明、そして学術会議という組織そのものがもつ問題点が浮かび上がってきます」(学術会議声明批判、天文月報2019・1)
と非難している。これらの見解を総合して考えるに、日本学術会議はかつて左傾大学教員の巣窟であった(今回、任命を拒否された6人の学者の顔ぶれを見ても、それは今でもさほど変わっていない可能性もある)。そして、組織運営にも独善的なものがあるという。
戸板氏の主張が本当であるならば、日本学術会議には組織改革が必要であろうし、それができないならば、廃止も視野に入れねばなるまい。「人の振り見て我が振り直せ」ー日本学術会議にはこの言葉を贈りたい。
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濱田 浩一郎(はまだ・こういちろう)
兵庫県相生市出身 。皇學館大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得満期退学。