北朝鮮は、明日10日の朝鮮労働党創立(75周年)記念日に、軍事パレードを含む大規模な祝賀行事を準備している模様である。
これまで北朝鮮は、朝鮮労働党の創立記念日や朝鮮人民軍の創建記念日などにおいて、5年ごとの節目で軍事パレードを含む大規模な祝賀行事を行うのが通例であり、今回も党創立75周年という節目にこれを企画したものと思われる。ただ今回は、今までと違った環境下での準備及び執行を余儀なくされているという実状がある。
まずその一つは、世界的なコロナ禍という環境である。北朝鮮は公式には未だに「国内における感染者はなし」としている。ちなみに、WHOが公表している資料によると、10月7日現在で感染者が「0」と報告されているのは、太平洋の小さな島国を除けば、世界で(厳しい情報統制をしいている)独裁国家のトルクメニスタンと北朝鮮だけである。即ち、この数値の信ぴょう性こそが「0」に等しいと考えられ、北朝鮮国内にも感染者は存在しているに違いない。
確かに、北朝鮮は中国の武漢から拡散したこの新型ウイルスの危険性をいち早く察知し、どこよりも早く1月下旬には中国との国境を封鎖してウイルスの流入を阻止した。この効果は大きかったものと思われる。
一方で、5月からは中朝間で物資の往来を段階的に開始し始めたことや、もう一つの隣国ロシアにおいて、4月下旬から新型コロナのオーバーシュート(爆発的患者急増)が発生したというような状況に照らすと、北朝鮮国内における新型コロナの感染リスクは現在も少なくない状況にあると見られる。
つまり、このような環境下においても大規模な(軍事パレードを含む)祝賀行事を挙行するということは、「それなりのリスクを伴う」ということである。
もう一つの環境は、このコロナ禍の影響(防疫対策など)に加え、7月から8月にかけての集中豪雨や台風の影響が重なり、(北朝鮮分析サイト「38ノース」による衛星写真の分析によれば)パレードの準備を開始するのが過去の軍事パレード時と比較してかなり遅かったということである。これにより、「タイトなスケジュールでの演練不足により、事故やミスを惹起するリスクが生じている」と考えられる。
今回、金正恩委員長がこれら多くのリスクを冒してまで大規模な軍事パレードを強行しようとしているのは、「経済制裁、コロナ、自然災害」の三重苦にあえぐ北朝鮮が、危機に瀕している国情を糊塗(こと)するため、国内外に対して、「わが国は、いかなる困難にも打ち勝つ強靭な国家である」という姿を強くアピールする狙いがあるものと思われる。
同時に、米国に対して11月に行われる大統領選挙後のリーダーを見据え、核戦力を誇示して「再び米国を交渉の場に引きずり出して制裁の解除(または緩和)に結び付けたい」という思惑があるのだろう。
以上のような状況を踏まえ、今後の動向を見極めるためにも、今回の祝賀行事やこの前後の北朝鮮の活動には特に注目する必要がある。中でも、次の3点について、筆者は注目している。
一つは、パレードを含む各種の行事(金委員長の指示によりわずか200日で完成させた平壌総合病院の竣工式も挙行される模様)が、事故や大きな問題も顕現せず、つつがなく終えることができるかどうか。
二つ目は、(未だ軍事パレードで公開したことがない)新たな長距離弾道ミサイル(ICBM)や潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)、並びに、新型中・短距離弾道ミサイルや各種弾道ミサイルの新たな発射機(TEL)の登場。
三つめは、金正恩委員長の妹である「金与正(キム・ヨジョン)党第1副部長がお立ち台のどの辺りに位置するか」である。
金与正副部長は、7月27日の「朝鮮戦争参戦者らを招いた老兵大会」に出席して以来、10月2日に金委員長が北朝鮮南部(江原道金化郡)の水害復旧現場を視察した際に同行するまで、2か月余りにわたって公の場に姿を見せなかった。そして、この久しぶりの登場に続き、10月5日の朝鮮労働党政治局拡大会議にも出席していた。
ちなみに、8月から9月にかけて金委員長は精力的に水害や台風の被災地域に出向いていた。また、金委員長が出席した(党や軍の)重要会議に及んでは、この期間に8回も開催されていた。にもかかわらず、金与正副部長はこれらに一度も姿を見せることはなかったのである。
一体、金与正副委員長の身辺で何が起きていたのであろうか。
考えられる理由は、①(疾病など)彼女自身の身体的理由、②他国との間の水面下の交渉など外交的活動、③国家的な行事の指揮監督に従事していた、などが考えられる。
①については、空白期間前後の姿(顔色や表情、体形、髪の色つやなど)を見ても、ほとんど変わりはなく、(病気や出産などの)身体的変化があったようには見受けられない。
②については、この可能性はあるものの、彼女自身が積極的な外交活動を実施すれば、相手国の関係者や報道機関から必ず何らかの情報が漏れ伝わると考えられる。また、新型コロナの影響で外交活動は限られる。
③については、今回の党創立記念日に大規模な行事が行われる、ということに鑑みると、これに携わっていたことは十分に考えられる。時期的にも、開催の10日前になって、各種行事の事前準備が概成し、金委員長に同行する余裕ができた可能性がある。
実際のところは、③の理由であったかどうかは現時点では判らないが、今回の軍事パレードなどの行事を金委員長に近い立ち位置で俯瞰するような姿が見られたならば、この可能性は格段に高まるといえよう。
となれば、今回の祝賀行事の成否は金与正副部長にとって、(金正恩委員長の)後継者としての試金石となるのかも知れない。
今週末は、北朝鮮から目が離せないことになりそうだ。