マイナンバー実務検定1級を持つ情報処理技術者の村井宗明です。菅政権の「デジタル庁の創設」に大賛成なITエンジニアとして、国民に便利な「行政デジタル化」への改革に強く期待しています。
その上で、現時点のマイナンバーの「低利用率」の原因と改善策について書いてみました。
最初に結論を述べれば、行政側だけでなく、国民にもメリットのある「行政デジタル化」を実行すれば、成功すると確信をしています。
行政の効率化にとって必要なもの
このデジタル化のカギと言われているのが「マイナンバー」であり、マイナンバーカードを軸とした行政のデジタル化が予定されています。行政間のデータ突合などで同姓同名の人との混乱をさけるためには、番号での管理が効率的で、行政の効率化にマイナンバーは必要なものです。
行政のニーズと国民のニーズの不一致
一方、行政側と国民側のニーズは必ずしも一致していません。行政側の宣伝やマイナポイントなどで、マイナンバーカードの「普及率」は7月時点で17%と上昇してきましたが、その「利用率」はかなり厳しい状況にあります。
マイナンバーを使って行政手続をするための政府運営のオンラインサービスが「マイナポータル」です。ログインすることで、子育て、介護、法人設立関連、就労証明書作成の手続、公的決済サービス、民間サービスとの連携、さらに行政機関からのお知らせを確認などにマイナンバーを利用できます。
このマイナポータルに、先月、アクセスしたのは163万件で、そのうちログインしたのは23万件でした。同じ人が1回ずつのアクセスとして、アクセスは全人口の1.29 %、ログインは全人口の 0.18 %だけという計算になります。もしも、同じ人が2回ログインしていれば、さらに利用率は減ります。
マイナポイントを含む様々なマイナンバーとマイナポータルの普及政策に、大きな予算をかけてきた現状で、この利用率(アクセス率、ログイン率)は高いとは言えません。
マイナポイントを目的にマイナンバーカードだけ持つけど、行政手続には使わない人が多いと、「行政デジタル化」は実現しません。
毎月のログイン率は全人口の0.1%~0.2%
各月の利用(アクセスとログイン)を表にすれば、このようになります。
この表で、5月にだけ、突出して利用が多いことがわかります。
ほとんどの月で、アクセス率が全人口の1~2%。、ログイン率は0.1~0.2 %という厳しい数字になっています。さらに、このアクセスを日ごとに分析したのが下記のグラフです。
そうすると、5月1日と7日に大きなアクセスがあることから、定額給付金の関係で、多くの国民がアクセスしたと推測ができます。これは、給付金などの国民側にニーズがあれば利用してもらえる可能性があることを示します。つまり、国民にとってのメリットが高まれば使ってもらえる可能性が高いということです。
デジタル庁の成功と「行政デジタル化」の実現には、3つの改善が必要です。
- 役所に行かなくてもデジタルだけで行政手続を完結させる
- 国民の利用時間の「WEBからSNSへ」に対応する
- マイナンバー以外の行政手続も認めて幅広く進める
詳細を、それぞれ説明します。
1. 役所に行かなくてもデジタルで手続きを完結させる
例えば、私が住んでいる目黒区でマイナンバーカードを使ったデジタル申請をやってみます。マイナンバーを出して、スマホから行政手続を進めてみます。
すると、児童手当の申込にしても、保育施設の申込にしても、マイナンバーでデジタル手続が可能です。しかし、その後、スマホでの申請書を「印刷」をして、自治体の窓口に行く必要があります。
目黒区は、マイナンバー制度の展開による区民サービスの向上を掲げた目黒区情報化推進計画を掲げており、「マイナンバーの先進自治体」であることに敬意を持っています。たしかに、マイナンバーのデジタル手続で番号と紐づけて、その後、プリントアウトして紙で役所に持ってきてもらう事で役所のシステム側は効率的です。
しかし、マイナンバーでの行政手続後のスマホからの印刷は、住民にとっては面倒です。印刷後、その印刷を持って役所に行かなければならないので、住民が必ずしも便利になるわけではありません。つまり、区役所にはメリットがあるけど、住民にはメリットが少ないのです。
これらをデジタルだけで完了するように改善して、役所に行かなくても行政手続が完了する住民が便利な「行政デジタル化」への改革されることを期待しています。
2.国民の利用時間の「WEBからSNSへ」に対応する
まずは、マイナポータルのトップページにアクセスした人の性別を下記に示します。
男性が65%、女性が34%となっています。なぜ、このように、女性のアクセスが少ないのでしょうか?
今、インターネットの世界では「WEBからSNSへ」の利用時間の変化が進み続けていて、旧来のWEBの利用時間が減り、「SNSのAPI」や「SNSのブラウザ」を使うケースが増えています。
上記の総務省情報通信政策研究所の統計にあるように、特に、女性はWEBよりもSNSの利用時間が長いです。具体的には、LINEのAPIやLINE内ブラウザを多く使っています。
一方で、まだ男性はWEBを使っている時間の方が長いです。「WEBからSNSへ」利用時間が変化していく中で、女性の方が先に進んでいるのです。
政策を決める人での比率が多い高齢男性には「WEBよりもSNS-APIの方が高機能で便利だと聞いたことがあるけど、イメージがわかない」という人が多くいます。政策決定のジェンダーバランスや年齢バランスの弊害で、デジタルの行政手続が「WEBベース」になって遅れています。
新規のデジタル庁が「WEBからSNSへ」の流れへの対応を打ち出せるか否かが、特に女性ユーザーにとっての「行政デジタル化」が本物になるかどうかのカギになります。
先日、多くの公共システムを受託しているトランスコスモスが、マイナンバーカードを使った公的個人認証サービス(JPKI)に対応した行政手続きサービスをLINEで提供するというプレスリリースを出しました。
これらにより、今後、SNSでの行政手続も増えてくると思いわれます。
3.マイナンバー以外の行政デジタル化も推進すべき
マイナンバーカードシステム以外での行政手続きも容認する事で、もっと幅広く「行政デジタル化」は進んでいきます。
特に、PCでログインする場合は、基本的にマイナンバーカード対応の「ICカードリーダライタ」が必要ですが、これを持っている人はあまりいません。実際にマイナポータルのトップページにアクセスした人の43%がPC(デスクトップ)からのアクセスでした。
これらのPC(デスクトップ)のアクセス者のうち、「ICカードリーダライタ」を持っていないために、ログインできなかった人がかなりいることが想定されます。全アクセスのうち、1割しかログインしていないのは、「ICカードリーダライタ」をもっていない人が多い事も理由の1つではないでしょうか?
また、マイナンバーカード自身は、大事な個人情報である個人番号が記載されている事から常に持ち歩く事が良いとは言えません。
そこで、マイナンバーを使うべきところは活用し、そうでないところはマイナンバーを使わずに行政手続ができるようにして、誰にでも便利な「行政デジタル化」への改革を期待します。
そんな中で、今年の行政デジタル化での手続に成功したのは、文部科学省の「緊急学生支援給付金」ではないかと私は思っています。
コロナの影響で世帯収入・アルバイト収入が減って、経済的に困った大学生等が就学を継続するための給付金制度として、「学生支援緊急給付金」が創設されました。文部科学省は、学生でマイナンバーカードを持っている人が少ないことから、マイナンバーカードがなくても、LINEでも申請できるようにしました。
結果は、
LINE登録者数 18万8023人
LINE申請者数 14万0574人
でした。
マイナンバーを使った総務省の給付金申請では、夫が妻の分を申請して受け取るなどの「家族名義の口座」を認めていました。一方で、文部科学省の学生の給付金は、親の口座も認めず、学生証と同じ名前の「本人名義の口座」が必要になるなどの一定の制限もありました。
それでも、政府と文部科学省は、学生の現実に合わせて、「SNS-API」を活用することで、多くの人が申請しやすい「行政デジタル化」の成功例を作りました。
このような実態に合わせた工夫が、国民を便利にするデジタル化です。高度で難解なマイナンバーカードシステムはすべての人が使いこなせるわけではありません。
新しく作られる「デジタル庁」には、マイナンバーを使いこなせない人の電子手続を抑制するのではなく、すべての国民が簡単で便利にデジタルの恩恵が受けられるようにに、創意工夫を進めていただく事を期待しています。
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村井 宗明 情報処理技術者、元衆議院議員、元文部科学大臣政務官。現在は、行政と教育を専門分野とするITエンジニア。https://www.muraimuneaki1.com/