トランプによる的外れなバイデン批判
2020年アメリカ大統領選の投票日まで残り3週間を切った。コロナ対策、人種問題へのトランプ大統領の対応、また大統領自身の物議を醸す言動が影響し、それに対する批判票の多くが民主党の大統領候補であるバイデン氏に流れている。
また、一部の世論調査ではトランプ氏とバイデン氏の支持率の差が10%以上離れているものもあり、接戦州の状況もトランプ氏にとって良い状況ではないことから、数字上からもバイデン氏が現段階では有利に選挙戦を戦っていることが分かる。
広がっていく支持率の差を挽回するためにトランプ大統領が繰り返し使用している言い回しが、バイデン氏が「左派の操り人形」であるということだ。民主党内の左派と目される人々は国家による市場への積極的な介入を支持している人たちである。
それに対して、小さな政府を信奉する共和党の支持層、そして冷戦を通じて社会主義が悪だというイメージを植え付けられた大多数のアメリカ人にとっては、大きな政府、社会主義的な政策を推し進める左派は生理的に受け付けることができない。
そのため、アメリカ社会に蔓延する社会主義に対するネガティブなイメージを利用し、民主党内で影響力を増す左派の存在を強調することでトランプ大統領は一発逆転を狙っている。
しかし、残念ながらトランプ氏のバイデン批判は的外れなものである。なぜなら、バイデン氏はおよそ左派とは呼べない人物であり、なるつもりがないからである。
国民の大半はバイデンを左派だと認識していない
モーニングコンサルト/ポリテイコが実施した世論調査によると、有権者の多くがバイデン陣営がトランプ陣営より中道よりだと答え、トランプ陣営の思想がより極端だと答えた。
それもそのはずである。バイデン氏は長い政治生活を通じて常に政界の主流派に身を寄せてきた。そして、自分が所属する民主党の議員みならず、共和党の議員とも親交が深く、超党派から尊敬を集めている。
それに対して、トランプ政権は中絶への予算削減、エルサレムへの大使館移転などアメリカ国内の宗教右派に迎合する宗教色の強い政策を数多く実施しており、それは党派性が強く表れているものだ。
アメリカの有権者は、トランプ大統領の方が思想的に偏っていると認識しているのである。
左派色が全くない閣僚人事
また、バイデン政権において任命されると目されている閣僚のリストを見ると、その様相は左派とは程遠いものである。財務長官人事がその象徴である。
現段階でバイデン政権の財務長官として呼び声が高い人物はFRB理事のラエル・ブレイナード氏である。彼女は左派がアメリカの雇用を奪うと批判していたTPPへの参加を熱心に支持していた一人である。また、左派がTPPを拒否することと同じ理由で批判してきた中国に対して融和的であるという批判も受けている。例としては、財務次官の座についていた時には、頑なに中国をアメリカが為替操作国に認定することを避けていたことに対する批判である。
実際のところ、誰が財務長官を含めたバイデン政権の要職を担うかは憶測の域を出ないが、ブレイナード氏という左派とは言えない人物の名が上がる時点で、果たして左派の要望をどれぐらいバイデン氏がのむ気があるのか、甚だ疑問である。
共和党に反旗を翻した全米最大のロビー団体
次に、民主党に急接近している、全米最大のロビー団体とされるアメリカ商工会議所を見てみる。従来、大小、様々な企業が集合して形成されているアメリカ商工会議所は、企業に有利な政策を実施してくれる共和党に主に献金を行ってきた。
しかし、保護主義を声高に訴えるトランプ氏の出現によって、共和党は完全なる企業有利な政策を実施する党から、貿易面では企業に障壁を与える党に変わってしまった。主に外国からの輸出で利潤を上げている企業にとってトランプ氏が変えた共和党は目の上のたん瘤となってしまったのである。
それに反発するかのごとく、アメリカ商工会議所は既に大統領選と同時期に選挙を控えている民主党の下院議員30人の支持を発表し、激戦州で戦っている現職の共和党議員への献金を控える決断をしている。アメリカ商工会議所は共和党ではなく、民主党こそが企業にとって有利な党と認識しているのである。
アメリカで最大の政治献金を行っているロビー団体が大統領選と議会選挙を含めた民主党の勝利に貢献してしまえば、バイデン氏は彼らの要求を拒否することは難しくなり、左派が望んでいる大企業への大胆な規制、課税は実現されないであろう。
混沌続くアメリカ社会
現在、バイデン氏を代表とする民主党の主流派と左派は、打倒トランプという大義名分の基で協力関係にある。しかし、いざ左派色が全くないバイデン政権が誕生してしまえば、トランプの方に向いていた左派の矛先はバイデン氏の方向に向いてしまう可能性がある。
そのシナリオが実現してしまえば、新たな種類のアメリカ社会の分断が顕在化することにつながり、たださえ混沌としているアメリカの歩む道がさらに雲行きの怪しいものとなるであろう。
■
鎌田 慈央(かまた じお)国際教養大学 3年
徳島県出身。秋田県にある公立大学で、日米関係、安全保障を専門に学ぶ大学生。2020年5月までアメリカ、ヴァージニア州の大学に交換留学していたが、新型コロナウィルスの感染拡大により帰国。