菅政権は、福島原発処理水(以下、処理水)を薄めて海洋に放出する方針を、今月27日にも決定するようだ。処理水に関して筆者は昨年9月、「福島原発処理水の船舶による海洋投棄はできるか」と「福島の処理水は大阪湾といわず日本中の『内水』に放出せよ!」を本欄に投稿した。
処理水の安全性は、世界中の原発から流されている現状や、本年2月に福島を訪れたグロッシー国際原子力機関(IAEA)事務局長の「 ALPS処理水の処分方法の2つの選択肢は技術的に実現可能であり、国際慣行に沿っている」などの評価もあり、今や多くの国民が理解しつつあるようだ。
残る課題は海洋放出に伴う風評被害だが、これの解決に有効な「船舶による海洋放出」について経産省は、本年2月の「ALPS処理水について」で、「沖合」という曖昧な語を用い次のように説明した。
-沖合での放出は、海洋汚染の防止を目的とする国際条約(ロンドン条約)の中で、廃棄物等の海洋への投棄が禁じられています。このため、沖合まで船舶で運んで放出することは、国際条約違反に当たってしまいます。-
拙論では、関連する国際条約、すなわち「1972年ロンドン条約」(以下、「ロンドン条約」)および「ロンドン条約1996年議定書」(以下、「議定書」)、そして「海洋法に関する国際連合条約」(以下、「国連海洋法条約」)を読む限り、「内水への船舶による放出は可能」と結論した。
そこで本稿では、菅政権が海洋放出の方針を固めたのを機に、改めてこれらの国際条約を精査し、国民が等しく風評被害を背負えるよう、日本全国の内水に処理水を船舶で運び、そこに放出することが可能かどうか考えてみたい。
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「ロンドン条約」はカドミウムや放射性廃棄物などの有害廃棄物の海洋投棄を禁止したが、後の「議定書」は、廃棄物等の海洋投棄を原則禁止した上で、一部海洋投棄できる品目を例外的に列挙し、厳格な条件下でのみ許可した。その「第一条 定義」の「投棄」にはこうある。
- 廃棄物その他の物を船舶、航空機又はプラットフォームその他の人工海洋構築物から海洋へ故意に処分すること。
- 船舶、航空機又はプラットフォームその他の人工海洋構築物から海洋へ故意に処分すること。
- 省略
廃棄物等の海洋投棄は、船舶、航空機や人工海洋構築物からだけを想定していて、陸から海へ放出することを想定していない。つまり禁止されていないが、第四条「廃棄物その他の物の投棄」の「付属書一」にこうある。
「第四条 廃棄物その他の物の投棄」
- 締約国は、廃棄物その他の物(付属書一に規定するものを除く。)の投棄を禁止する。
「付属書一 投棄を検討することができる廃棄物その他の物」
- 次の廃棄物その他の物については、この議定書の第二条及び第三条に規定する目的及び一般的義務に留意し、投棄を検討できる」として次の物を挙げている。
1しゅんせつ物
2下水汚泥
3魚類残さ又は魚類の工業的加工作業から生ずる物質
4船舶及びプラットフォームその他の人工海洋構築物
5不活性な地質学的無機物質
6天然起源の有機物質
7主として鉄、鋼及びコンクリート並びにこれらと同様に無害な物質であって物理的な影響が懸念されるものから構成される巨大な物(ただし、以下略)
8二酸化炭素を隔離するための二酸化炭素の回収工程から生ずる二酸化炭素を含んだガス
2. 省略
3. 1及び2の規定にかかわらず、国際原子力機関によって定義され、かつ、締約国によって採択され僅少レベル(すなわち、免除されるレベル)の濃度以上の放射能を有する①から⑧までに掲げる物質については、投棄の対象としてはならない。ただし、締約国が1994年2月20日から25年以内に、また、その後は25年ごとに、適当と認める他の要因を考慮した上で、すべての放射性廃棄物その他の放射性物質(高レベルの放射性廃棄物その他の高レベル放射性物質を除く)に関する科学的な研究を完了させ、及びこの議定書の第二十二条に規定する手続きに従って当該物質の投棄の禁止について再検討することを条件とする。 (以下省略)
海洋投棄が検討できる①~⑧に「水」は含まれず、また「付属書一」の「3.」は僅少レベルの濃度の放射性物質を含む①~⑧を「投棄の対象としてはならない」と読めるので、原発からの「僅少レベルの濃度の放射性物質」である処理水は海に流せないことになる。
そこで「国連海洋法」の出番だ。同法は海洋を巡る長年の国際関係の中から形成されてきた国際法で「第百九十四条 海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するための措置」の「1項」は次のようだ。
-何れの国も、あらゆる発生源からの海洋環境の汚染を防止し、軽減し及び規制するため、利用することができる実行可能な最善の手段を用い、かつ、自国の能力に応じ、単独で又は適当なときは共同して、この条約に適合するすべての必要な措置をとるものとし、また、この点に関して政策を調和させるよう努力する。-
つまりは「努力義務」であり、「他の手段がない」から各国は、IAEAのガイドラインに沿って基準を設けて、海に流している。要するに国際法が未整備のまま、国際社会が現状を追認しているという、いかにも国際法らしい扱いになっている。
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そして国民が等しく風評被害を負う方策。「議定書」第7条「内水(ないすい)」には以下の条文がある。
この議定書の他の規定にかかわらず、この議定書は、2及び3に規定する範囲においてのみ内水に関係するものとする。
- 締約国は、内水である海域における廃棄物その他の物の故意の処分であって、仮に当該廃棄物その他の物を海洋において処分したとするならば、第一条に規定する“投棄”又は“海洋における焼却”となり得るものを管理するため、自国の裁量により、この議定書を適用するか、又はその他の効果的な許可及び規制のための処置をとる。
- 締約国は、内水である海域における実施、遵守及び執行に係る法及び制度に関する情報を機関に提供すべきである。
- 締約国は、また内水である海域に投棄された物質の情報及び性質に関する概要報告書を任意に提供するために最善の努力をすべきである。
要するに「内水になら自国の裁量で処分できる」と読める。禁じられているのは内水の外の領海以遠の海洋(経産省資料にいう「沖合」)ということ。また、放出する内水までの運搬方法にも言及がないので、船舶での運搬も禁じられていないと考えられる。
内水とは「陸地側から見て基線の内側にあるすべての海域」(図①)を指し、領海と違い外国船舶の無害通航権は認められない、いわば「日本という我が家の池」だ。図②は直線基線によって日本の内水を表しているが、東京湾や瀬戸内海はもとより、佐渡島や五島列島の内側の海域なども内水と判る。
以上、内水へなら、処理水を船舶で運ぶことも、そこに放出することも、それを禁止する条項は条約にない。図②の濃紺部分に巨大タンカーで放出するなら、「風評」は国民全員で背負える。そして、それには各都道府県の首長とその住民の理解と協力、そして菅総理の決断が必要だ。