村上さんと大違い…乾汽船に取り憑く投資ファンドがキモい

新田 哲史

海運事業などを手掛ける乾汽船(HPより)

大阪の住民投票への対応で書く機会を逸していたが、ちょうど1年前のきょう「偽装お家騒動も!乾汽船 VS “令和の村上ファンド”」と題して論評した案件がその後、とんでもない事態になっていたようだ。住民投票の3日前に以下の記事がネットニュースに出ていた。

乾汽船を異常なほど執拗に攻撃する“正体不明の投資ファンド”…狙われる不動産リッチ企業(ビジネスジャーナル)

そもそもの話をおさらいしておく。

乾汽船は創業百年を超える、東証一部上場の老舗の海運会社。しかし近年は経営難にあえいでいたところ、保有している湾岸エリアの不動産が、折からの地価高騰でいい感じで含み益を得ているようで、これを正体不明の投資ファンド(アルファレオHD)が狙って買収攻勢を仕掛け、筆頭株主に踊り出て経営権奪取を狙っている……という顛末だった。ビジネスジャーナルの記事は、あす(11月4日)の臨時株主総会を前に書かれたようだ。

上場している限り、資金さえあれば誰もが株を買うことができるのだから、株主が経営陣に何を主張しようが、違法行為や公序良俗に反しない限りは基本的には好きにすればいい話だ。しかし敵対的な買収を仕掛け、ほかの株主をも巻き込んで経営権奪取をめざすとなると、会社をどうしたいのか、その提案にいかに魅力があるかが問われる。

株主にとっては収益性を取り戻せるかが最大の関心ごとではあるものの、買収者には、どこまで他の株主に「共感」をもたらせるか。プロキシファイトになれば選挙と共通する部分もある。

ところが乾汽船に買収を仕掛けているアルファレオHDの“手口”はというと微妙だ。

去年も紹介したが、筆者がまずドン引きしたのは「偽装お家騒動」だった。アルファレオ側は、乾汽船の創業者長男の先代社長を担ぎ出して、一族の現社長との交代を求めるキャンペーンを張った。

ロッテを筆頭に数々のお家騒動を見てきたので、今度はどんな昼ドラ並みの楽しい骨肉の争いがあるのかと覗きに行ってみたら、御輿にされた先代社長が「面識もないし、みだりに名前を出された」と困惑(という名のおそらくはブチ切れ)。「お家騒動しかけるなら、根回しくらいしておけよ。つーか演出するならもっと巧妙にやれよ」とツッコミ必至のから騒ぎぶりだった。

上滑りする空中戦。キモさも感じる粘着ぶり

そして先述のビジネスジャーナルによれば、アルファレオのトンデモぶりはその後の1年でさらに磨きがかかっていたようだ。同社の要請で開催した昨年11月の臨時株主総会で、買収防衛策の廃止議案があっさり否決されると、現社長の取締役解任を求める訴訟を提起。

さらには今年5月にリベンジで仕掛けた臨時株主総会は、コロナ名目で出席者を5人に限定してそのうち3人は自分のところとシンパという出来レースぶりだった。さすがにこれには会社側も激怒、法令違反だとして臨時株主総会開催禁止の仮処分を申請した。

そして裁判所からの勧告で総会は開かれたものの、アルファレオは「臨時株主総会までの経緯をまとめた動画」を上映(YouTubeにあるので興味ある人はググってください)。現経営陣へのネガキャンを張ったが、株主の過半数の支持を得られなかった。

お家騒動を演出したり、動画を作ったりと空中戦をあれこれ仕掛けているが、なにか上滑りしている感が否めない。アルファレオのサイトも1年ぶりに見てみたが、相変わらず会社紹介のページもなく、ひたすら乾汽船関連の投資家向けリリースを並べているだけ。乾汽船のほかにどんな企業に投資しているのかもうかがえず、件の動画まで加わって不気味さに拍車をかけている。

俗っぽい表現を使いたくないが、一言で「キモい」としか思えない。乾汽船とはなんの付き合いもないが、まるでストーカーを彷彿させる粘着ぶりに同情を禁じ得ない。登記簿情報などからIT機器バッファロー創業家との関係が取り沙汰されるが、実態は不明。同社製品のハードディスクを愛用する身としてはここでもドン引きしている。

村上ファンドと何が違うのか

ここで一つ、詫びておきたいことがある。去年の記事で“令和の村上ファンド”と評して本件を最初に紹介した。元は、本件を報じた現代ビジネスの記事のタイトルをフィーチャーしたものだったが、アルファレオのここまでのキモさ加減を見せられると、(なんの関係もない)村上世彰さんの名前を使ったことが非常に失礼で、村上さんに誠に申し訳ないと思った次第だ。

「生涯投資家」より

村上さんは毀誉褒貶があるものの、いま思うと、資本主義やコーポレートガバナンスの意義、株主の存在意義は本来どういうものか、日本社会に改めて突きつける「大義」はしっかり掲げていた。

村上さんの名を世に知らしめた初期案件の一つが東京スタイルへの敵対的TOBだ。当時の日本では村上さんくらいしかやっておらず、マスコミが大注目した。ただ、檜舞台となったプロキシファイトで敗れたあと、株主代表訴訟を提起したことは世間ではすっかり忘れられている。

当時の東京スタイルの社長が取締役会の決議を経ずに独断で大手スーパーに投資をしたものの、そこが破綻して73億円の損失を出した。村上さんは株主代表訴訟を起こして社長の責任を追及した。一見当たり前に見えるが、株主代表訴訟は勝訴しても1円の得にもならず、裁判費用は持ち出し。それでも

「経済的に全くペイしない裁判であることは、当初からわかっていた。しかし私は、コーポレートガバナンスの向上のためと思って戦い、一定の成果をあげたと思っている」(村上世彰『生涯投資家』)。

村上さんが著書でいうように、それまでの株主代表訴訟は、総会屋への利益供与などの事例だったが、経営者のガバナンスの問題を真正面から問うた事例としては画期的だった。訴訟は和解し、社長は責任を認めて1億円を会社に賠償した。「大義」は一程度しらしめる意義はあった。

振り返って、今回の乾汽船に対するアルファレオの攻勢に、かつての村上さんのような大義があると感じる投資家、メディア関係者はいるのだろうか。