咬むと痛い、歯が腫れてしまったなどから始まる、歯の根の治療。「時間がかかる割に、何をされているのかよくわからない」というのが多くの人の率直な感想だと思います。
場合によっては非常に長い期間、多くの来院回数をかけているにもかかわらず、いつまでたっても治らないというケースもあるでしょう。
根の治療は多くの歯医者さんで一般的に行われている一方で、実は成功率に限界があり、突き詰めると高い専門性が必要な分野だというのはご存知でしょうか。
根管治療の成功率は8~10年予後のデータは、厚労省でも周知されています。
(参考)歯の神経の治療(根管治療) ― e-ヘルスネット(厚生労働省)
1.根の治療の成功率は100%ではない
虫歯による痛みは歯の中にある歯髄という神経組織から発生します。歯髄を機能停止させれば歯の痛みはなくなるので、19世紀初頭にはヒ素を使ったり、熱した鉄線で焼いたりするという治療がされていたそうです。
ただそのままにしておくと歯髄が収まっていた根管という空洞で細菌が増えていきます。それが根の先端にあふれてくると、冒頭のような咬んだときの痛みや、腫れにつながっていきます。
そうならないように根管内を清潔な状態に保ち、細菌が侵入しないように天然ゴム製の薬剤でシーリングするというのが現在行われている治療法で、19世紀ごろから確立していったそうです。
ここで重要なのは、歯の根の治療の成功率は9割強であり、100%ではないということです。(1)(2)は初めて神経を取る治療を示しますが、それでも上手くいかないケースがあるというのは、歯の根が曲がっていたり、根管同士が融合して複雑な形態になっている場合があるからです。
一方(3)は根の外まで病巣が進行してしまったケースで、治療直後は問題なくとも約10年間での成功率は86%まで低下することが分かっています。
また(5)は一度神経をとった歯が、痛くて咬めなくなったり、腫れたりしたときの再治療の成功率です。この場合62%、他の文献をみても70%前後と、およそ3分の1で10年後までに再発があることがわかっています。
2.通常の治療で治らない場合の外科的アプローチ
ここまで見てきた外科処置を伴わない治療で治らない場合、外科治療を行う場合もあります。方法は歯肉を切開して根の先の病巣めがけて骨に穴をあけ、汚染されている根の先端を切断し、病巣とともに摘出するというものです。
ではその成功率はどの程度でしょう。よく専門家に引用されるシステマティックレビューはこちらです。
Setzer (2010) 従来法59% 改良法94%
もともと一般的な方法では治らない歯が外科手術となるので、その中から従来法で6割程度を治療できるというのは、臨床実感に沿う結果です。
一方改良法とは手術用顕微鏡や新しい充填剤を使用する方法ですが、9割以上というのはちょっと治りすぎのような気がします。文献を精査するとレビューに含めた研究の観察期間は6文献は1年、2文献が2年、1文献が5年で、観察期間としては短いことがわかりました。また5年観察した文献は症例数は多いですが、成功率95%というのは一部を抜き出した数値であり、研究全体での成功率は8割であったようです。
これでは情報が不十分なので、独自に従来法と改良法の成功率を長期観察した文献を医学論文検索エンジンPubMedで調べてみました。
Gagliani (2005) 5年後 従来法78%
von Arx (2014) 5年後 改良法93%
von Arx (2019) 10年後 改良法82%
以上から改良法が従来法に比べ高い成功率を示す傾向はあるらしいですが、5年以上の成功率に関する研究はわずかでした。今後さらなる研究報告が積み重ならないとはっきりしたことは言えませんが、先の表で示した非外科処置の10年後の成功率と比較するなら、10年で8割程度と考えるのが妥当でしょうか。
3.全てのケースで外科治療ができるわけではない
あたりまえの話ではありますが、非外科治療で治らないと判断した全ての歯に対し、改良法外科治療を行えば8割成功する、というものではありません。
非外科治療で治らないと判断し、そのまま外科治療を患者が希望せず抜歯する場合もありますし、外科治療を検討したものの成功の見込みなしと判断し抜歯する場合もあるでしょう。
外科治療に踏み切る判断が厳しく抜歯することが多ければ成功率があがるし、極力抜歯を避けて外科治療を試みれば成功率は下がります。どの程度の見込みで外科手術を実施するか、最終的には患者と歯科医師が相談して決めるので、これまでの同様の研究でも基準統一が難しい部分だと知られています。
とはいっても失敗が確実なのにあえて外科治療を行う歯科医師もいないので、これらの数値は一般的に外科治療が効果的だと判断し、実行したときの成功率だと読むべきではないかと考えております。
まとめ:根の治療は長くかかり、限界もある
小さな虫歯の治療が1回か2回で終わらせられるのに対し、これらの根の治療は治療回数が多くなります。特に奥歯の場合は複雑なので、最低でも5回程度は必要となるのではないでしょうか。
大昔は痛んでしまったら抜くしかなかった歯を、数十年にわたり温存し機能させることができる方法として、根の治療は重要で手間暇のかけどころです。一方でここまで見てきたように、その成功率には限界があり、何度回数を重ねても治らないものは治りません。
その場合は抜歯が必要となり、失った歯は連結した被せ物やインプラントで補うこととなります。被せ物で治した場合の成功率に関しては以前まとめました。
(関連)その装置は何年もつ?歯科材料の寿命は?「クラウン」を例に ― アゴラ(2020年8月1日)
例えば、一本の抜歯であれば入れ歯になることはほとんどなく、保険適応可能なブリッジという違和感の少ない治療法で、10年間で90%以上の成功率が期待できることがわかっています。
これらを比較した上で、抜歯を避けるあまりに、際限なく根の治療を続けるということがなくなれば良いと思います。