カトリック信者バイデン氏の「足元」

11月3日実施された米大統領選は挑戦者のジョー・バイデン氏(前副大統領)が現職ドナルド・トランプ大統領を破り第46代米国大統領に選出される見通しが強まっている。当選に必要な選挙人270人を上回り、本人は「勝利宣言」を表明した。

一方、トランプ大統領は8日時点でまだ敗北を認めず、郵便投票の不正集計などを訴え、法廷闘争に入る構えを崩していない。

ところで、バイデン氏はジョン・F・ケネディ大統領(在任1961年1月20日~63年11月22日)に次いで2人目のカトリック教徒の米大統領となる。

副大統領時代、当時のローマ法王ベネディクト16世と会談するバイデン氏(ホワイトハウスHP

バチカンニュースが8日報じたところによると、「ケネディは当時、米カトリック教会の全面的支持を得ていたが、バイデン氏の場合、米国社会と同様、教会は二分化している」という。具体的には、バイデン氏の当選を全面的に歓迎する信者と懐疑的に受け取る信者の分裂だ。そこでカトリック通信(KNA)のベルント・テンハーゲン記者の記事を参考にしながら、バイデン氏と米カトリック教会の余り知られていない関係を紹介する。

米カトリック教会司教会議のホセ・H・ゴメス議長は7日夜、米国の主要メディアがバイデン氏の当選確実を報道した直後、「バイデン氏は第46代米大統領として十分な得票を勝ち得た。ケネディについで60ぶりにカトリック教会の信者が米大統領に選出されホワイトハウス入りすることを祝す」と歓迎のメッセージを発信すると共に、「新大統領は対話と全体の共通の利益のために妥協を惜しむべきではない」と注文をつけている。

ちなみに、ユダヤ人の夫をもち、インド出身のがん研究者の母親とジャマイカ出身の経済学者の父親をもつカマラ・ハリス上院議員の副大統領選出については、「多民族国家の米国の夢を実現した人物だ」と、米国初の女性副大統領の選出に期待を寄せている。

バイデン氏は7日の夜(現地時間)、ウィルミントンのチェイス・センターで旧約聖書の「伝道の書」から「全てにはそれぞれ決まった時がある」という趣旨の聖句を引用しながら勝利宣言を表明し、支持者に訴えた。

曰く「今は癒しの時だ」と強調し、バイデン氏支持とトランプ派に二分化した米国社会の和解を呼びかけた。バイデン氏は投票日、教会の礼拝に参加したが、常にロザリオを身に着けていた。バイデン氏は典型的な実践信者だという。

にもかかわらず、教会の懐疑派はバイデン氏の中絶政策には批判的だ。バイデン氏は個人的には中絶を拒否しているが、法的に中絶を禁止することには反対の立場だ。そのため、バイデン氏の信仰姿勢を疑う信者たちがいる。その点、福音派教会に所属するトランプ氏は中絶絶対反対を表明し、キリスト教会根本主義グループの全面的支持を得ているのとは好対照だ。

米国のイエズス会系私立名門「フォーダム大学」の宗教文化センターのダビド・ギブソン所長は、「米国のカトリック教会は政治の世界と同様、分裂している。司教たちはバイデン氏の教会への姿勢に疑問を呈さないようにアドバイスすべきだ。彼の教会への立場は米国の多くの実践信者と同じだ」と述べている。

同所長によると、「米国の信者は中絶問題や同性愛問題では教会のドグマと自身の信念の間に溝が広がっている。バイデン氏は教会の多数の信者の側に立っている」という。

ワシントンのカトリック大学の政治学教授だったシュテペン・シュネック氏は選挙戦ではバイデン氏を支持してきた。同氏は、「トランプ氏は社会を分裂させたが、それは教会にも反映している。バイデン氏の勝利は新しい出発の可能性をもたらす。バイデン氏が社会の公平、和解などの分野で教会側と連携を取ることを期待する」という。

一方、教会内右派グループ「メディア・ネットワーク」(CNA/EWTN)のレイモンド・アロヨ氏は、「米国民は大統領選の不正な投票の規模について理解できないだろう」と指摘、トランプ派のロビー・グループ「Catholic Vote」は「バイデン氏には正統性が欠けている面がある」と主張するなど、バイデン氏批判を続けている、といった具合だ。

なお、選挙後の調査によると、カトリック教会の信者の票はトランプ氏50%、バイデン氏49%と完全に二分している。

米国の建国神話を思い出す。彼らは神の名で国を建国するという明確な理想をもち、全ての人の命を守り、信仰の自由を保障する国の建設に取り組んできた。米国は今日、世界最強国家となり、世界最大の富を誇るまでに発展してきた。その米国で貧富の格差が広がり、肌の色が違うということだけで人種差別が行われている。

そして大統領選を通じてバイデン氏の足元、米国カトリック教会でも同じように二分化が進んでいることが明らかになったわけだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。