広島でまた政変:溝手氏「疑惑」報道は「岸田潰し」の布石?

新田 哲史

地方発の落選した元議員に関する報道だからか、東京のメディアの反応が今一つのようだが、一報を聞いた時、行く行くは中央の政局につながる事件だと感じた。

広島県の地元紙、中国新聞がきのう(11/11)朝刊一面トップで、自民党前参議院議員、溝手顕正氏の金銭スキャンダル報道を大々的に報道し、政界関係者に波紋を広げている。

溝手氏、元広島県議会議長の奥原氏へ50万円 参院選前月に 専門家「買収の可能性」(中国新聞)

昨年の参院選で溝手氏は河井案里氏との分裂選挙に敗れたが、その河井氏も夫の克行元法相と地元の地方議員らを空前の規模で買収し、現在公判中というのは周知の通り。そして河井夫婦側から200万円を受け取っていた元県議会議長の奥原信也県議には、実は溝手氏からも50万円が送金されていたことがわかったというものだ。

奥原氏(広島県議会HP)溝手氏(Yujisanmaosan/Wikipedia)

野党関係者や社会部系の記者たちは「政治とカネ」の問題で騒ぎ立てようとしているが、私は2つの点から実に表層的だと思う。はっきり言えば、私からみると中国新聞は「利用された」ようにすら思える。

河井事件が開けた法的なパンドラの箱

1つは法的な問題だ。河井夫婦側は奥原氏に対して「裏金」で渡していたのに対し、溝手氏と奥原氏はそれぞれの政治団体間でのお金のやりとりになっており、記録の残る銀行口座も使っている。収支報告書にも記載して、来年11月に開示されることも折込済みだったと思われる。つまり河井夫婦のケースと異なり、手続き上は「合法」といえる。

しかし、中国新聞は過去10年に2人の間で交付金や寄付のやりとりがなかったことや、「選挙応援を頼む趣旨と感じた」という奥原氏の証言などを元にして、買収の疑いがあったのではないかと実質指摘している。

これに対して溝手氏側は、奥原氏側から要求され、一方的に振り込んだわけではないという趣旨の抗弁をしているようだが、たしかに記事にある岩井奉信先生のコメントの通り、領収書や収支報告書の有無ではなく、やりとりしたお金の意味合いが問われるのも法的なポイントだ。

一方で、ここは郷原信郎先生たちのご意見もお聞きしたいところだが、AとBという2人の関係性が良好な政治家(政治団体)がいて、A→B間で合法な送金手続きをやったあと、選挙を挟んで関係が悪化し、Bの側が突然「選挙応援を頼まれたと感じた」と主観的な話を一方的に述べた場合はどうなるのか。

そもそも河井夫婦の事件は、政治家同士のお金のやりとりに関する「パンドラの箱」を開けてしまった感がある。それでいて、証言している奥原氏は他の多くの地方議員と同様に、河井事件で立件されておらず「事実上の司法取引」が成立したから、検察に対して公判での証言に協力的ではないかと思う向きも多い。

政治とカネの問題は複雑(Kritchanut/iStock)

奥原氏「裏切り」の背景は?

そして、2つ目は政治的な背景だ。おそらく参院選のとき溝手陣営だった宏池会(岸田派)サイドからすると、奥原氏が「裏切った」と思うのは間違いない。

以前も書いたが、広島の自民党内の勢力争いは宏池会と往年の亀井静香派などその他勢力がときに選挙戦でもぶつかりあってきた。1998年参院選には昨年の参院選と同じ構図で分裂選挙が勃発。このとき奥原氏は宏池会側の候補者として、亀井氏の兄、郁夫氏と激突し、敗れている。

奥原氏から見れば、溝手氏はかつての自らと同じ境遇に立たされていたわけだが、なぜこのタイミングで突然一方的な「告白」を報道機関にするのか。中国新聞にリークしたのが奥原氏かどうかは不明だが、少なくとも同新聞にとっては奥原氏が証言したことが記事にする上で決定打の一つになっただろう。

奥原氏の思惑や取り巻く政治的背景を思案しようとしたら、深掘りするまでもなく、中国新聞の同じ朝刊にこれもまたスクープ記事が載っていた。もうちょっとリークするタイミングを考えろよ、とツッコミが出そうだ。

公明、中国地方の小選挙区議席は「悲願」広島3区擁立検討

広島3区とは河井克行氏の選挙区。克行氏は次期衆院選に不出馬なのか獄中から出馬するのか不明だが、自民党の公認候補者が変わるのは決まっている。自民広島県連は河井氏の後継候補を公募しようと準備していたそうだが、岸田氏、宏池会にとっては反岸田派の“河井領”を押さえる好機になるはずだった。

ところが中国地方での選挙区が欲しい公明党がここぞとばかりに要求。自民県連の動きに待ったがかかりそうだ。

河井克行氏選挙区の「公明割譲」急浮上

実際、河井事件の余波で自民党の選挙基盤は相当傷ついており、広島3区の次期選挙には誰が出ようと苦戦は予期されていた。公明党なら有権者の心象を和らげられるという読みもあるだろう。なお3区は比例票の多さを見ればわかるが、公明には広島県内有数の「ステルス地盤」だ。

環境相時代の斉藤氏(撮影:内閣広報室)

その日の夕方には、公明党の斉藤鉄夫副代表の比例からの鞍替えも取り沙汰され始めた。年明けの総選挙説もある中で、党幹部のネームバリューは短期決戦をしのぐのにも打ってつけだ。

斉藤副代表「公明候補、一つの考え」 広島3区、自らの立候補「まだ検討段階」

斉藤氏は「公明党から候補者を出すのも一つの考え」と慎重にコメントしているが、「新聞辞令」になっている以上、裏ではすでに話ができているとみるべきだ。事は国政選挙の擁立マター、それも与党幹部の異動だ。菅首相、二階幹事長の内諾を得ていないわけがあるまい。

この動きを岸田氏や宏池会側からみれば、3区の自民迷走に乗じて、菅首相とパイプのある創価学会の佐藤浩副会長あたりから働きかけたのではないかと邪推が働きそうな気がする。

仮に広島3区を公明に「割譲」すれば、菅首相にメリットは大きい。公明党との関係をより円滑にするだけではない。岸田氏の足元を侵食すれば総裁候補の面目はまたも丸潰れ。岸田氏は間の悪いことに総裁選後に古賀誠氏という後ろ盾と決別しており、石破茂氏に続いて岸田氏も総裁選不出馬に追い込まれる形勢が生まれつつある。

岸田氏、総裁選レースで「自力優勝」消滅か

そして深夜には毎日新聞が「1月の衆院解散・総選挙は見送られるとの見方が強まる」という記事を配信してきた。党内基盤が強くない菅首相にとっては、自民党内を引き締めるカードを持ち続ける意味でも、解散時期の選択肢が多いに越したことはない。岸田氏が総裁選不出馬となり、無投票再選の公算が強まれば、菅首相の政局展望はまた少し明るくなる。

昨年参院選で、溝手氏の決起会で演説する岸田氏(Facebookより)

広島の話に戻れば、奥原氏がどういう理由で溝手氏からの現金授受を認めたのか。そして公明党への広島3区割譲論が出てきた絶妙なタイミング…ここまで推測も交えたが、溝手氏の「疑惑報道」は目くらましだと思うには十分なほどの政治的要素が多分にある。

仮に奥原氏個人の思いつきで取材に応じたとしても、政治的な結果はもはや党本部レベルの話になる。岸田氏がこの「流れ」に抗し切れなければ、首相候補としての政治生命がなくなるとは言わないまでも、氏の好きなプロ野球に例えれば「自力優勝がなくなり、菅巨人の自滅を待つしかない岸田カープ」ともいえる崖っぷちだ。岸田氏、そして名門宏池会は新たなる暗闘に勝ち切ることができるのだろうか。