私的なことで申し訳ないが、当方はウィーン市のミヒャエル・ルドヴィク市長から誕生日カードを頂いた。今月は当方の誕生日の月だ。手紙は10日前に届いた。ウィーン市議会選(10月11日)も終わったばかりだから、選挙運動ではない。
当方は同市長を個人的には知らない。封筒を急いで開けると、中身は誕生日カードだった。仕事柄「どうしてウィーン市長は当方の誕生日を知っているのだろうか」と先ず疑ったが、誕生日カードをもらって文句を言うのは品性がないと考え直した。ちなみに、当方宛ての誕生日カードは今年は市長のカードが第一号だった。
当方の誕生日は11月だが、これまでウィーン市長から誕生日カードをもらったことがない。どうして今年に限って、と考えてしまう。新型コロナウイルスがウィーン市でも急速に拡大しているが、それと誕生日カードとは関係がないだろう。
カードの内容は個人的なものはなく、「誕生日おめでとう。健康な日々をお過ごしください」といった文句が印刷されていた。そうだ。多分、この誕生日カードは宛名と住所を変えればどこでも通用するようになっているのだろう。その意味で、当方は驚いたり、特別感謝すべきことではないのかもしれない。
日本の政治家は選挙区の住民の誕生日や記念日には手紙などを送ると聞いたことがある。政治家であるためには選挙区民の誕生日をリストアップして、こまめにカードを送るぐらいの気配りがなければ当選はおぼつかない、といわれている(真偽は知らない)。
ウィーン市議会選は大方の予想通り、ルドヴィク市長の社会民主党がダントツでトップ、戦後から続いてきた“赤の砦”を守った。第2党は連邦与党の国民党、そして「緑の党」と続く。ルドヴィク市長は選挙後、「緑の党」との連立をやめ、リベラル政党「ネオス」と初の連立政権を樹立したばかりだ。現地のメディアは「社民党、初のリベラル政党との連立」と報じていた。ウィーン市議会で新しい風が吹くかもしれない(「コロナ禍の選挙で極右『自由党』大敗北」2020年10月13日参考)。
当方が忘れることが出来ないウィーン市長といえば、ヘルムート・ツィルク氏(Helmut Zilk)だ。オーストリア国営放送のジャーナリスト出身で教育相を歴任し、奥さんは有名な女優さんだ。1984年から10年間、ウィーン市長を務め、国民から絶大の人気があった。
ツィルク市長は親日家として有名で、ドナウ川地域開発計画で日本の野村開発関連企業と連携していた。当方は市長と市長室で会談したが、会見が終わる前に「君、新しい住居を探しているのなら、僕が世話してあげるよ」と突然言い出した。当方は当時、住んでいるアパートに満足していたので「ありがとうございます。目下、大丈夫です」と答え、丁重に断った。ツィㇽク氏は親分肌で世話好きの性格で有名だったが、市長からアパートの紹介を受けた時はやはり驚いた(「元ウィーン市長のスパイ容疑」2009年3月24日参考)。
ウィーンでは引っ越しがつきものだ。モーツァルトもベートーヴェンもウィーンでは10回以上引越しを繰返している。彼らは居住ではやはり苦労したのだろう。今年生誕250年を迎えたベートーヴェンは「衣服を着替えるように、住居を転々した」といわれている。そのお陰というべきか、ウィーン市内にはベートーヴェン所縁のハウスや場所が多く、どこも観光客で溢れる。
ウィーンでは同じ住居に長く住むことが難しいのかもしれない。だから、ツィルク元市長は異国からのジャーナリストにも「引っ越ししなければならないことがあれば、お世話するよ」と気を遣ったのかもしれない、と今は考えている。
同市長は手紙爆弾テロ事件で指を失うなど、波乱万丈の生涯を全うして2008年10月、亡くなった。当方はその後、ウィーン市長との個人的な接触はほとんどなかった。ミヒャエル・ホイプル前市長はワイン好きでサッカーでは「FKオーストリア」ファン、24年間市長の座に君臨した。その後釜にルドヴィク市長が就任した。派手さはないが、仕事を確実にする実務派タイプだ。「労働者の政党」社民党出身といった看板を掲げることは少なく、左派臭くない政治家だ。
「誕生日カードの話」に戻る。最近はスマートフォンで誕生日メッセージが送られてくる。ルドヴィク市長のような手紙で誕生日カードを送るといったやり方は珍しくなった。それだけに、というか印象は残る。Eメールで誕生日メッセージが送られていたならば、当方は間違って消却していたかもしれない。手紙は送り手には少々手間かかるが、それだけに受け手の注意を引き付けることができる。効果という点では手紙はメールを凌ぐかもしれない。少なくとも、当方にとってはそうだ。
最後に、「誕生日」に関連するマーク・トウェインの言葉を記す。
「人生で一番大切な日は二つある。生まれた日と、なぜ生まれたかを分かった日」
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年11月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。