中国の少子高齢化の危機、「未富先老」となるのか(藤谷 昌敏)

政策提言委員・元公安調査庁金沢公安調査事務所長 藤谷 昌敏

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中国政府は、新5ヵ年計画(2021年~2025年)に、急速に進む高齢化に対応し、出産を奨励する新たな措置を盛り込む計画だ。まだその詳細は不明だが、これまでの情報を集めると、「早ければ2020年には『二人っ子政策』を廃止して、あらゆる産児制限を完全撤廃する。出産する夫婦に対する資金面や政策面での支援策を行う」などが、その骨子となるとみられる。

1978年、中国政府は、人口の急速な増加が貧困是正や経済発展の取り組みを阻害しているとして「一人っ子政策」を導入した。地方では、強制的な不妊手術や中絶が行われ、生きている胎児がゴミ捨て場や下水に捨てられたり、道路に置き去りにされるなどの蛮行が横行した。また農村では、男子が望まれることが多く、女子が生まれると人身売買組織に売られることさえ行われた。「一人っ子政策」は、「大躍進政策」、「文化大革命」、「天安門事件」に続く、まさに中国共産党による第4の虐殺事件だった。

2016年に至ると、中国政府は、急速な高齢化を受け、子どもを2人持つことを容認した。60歳以上を高齢者と定義すると、中国では2019年末現在で約2億5,400万人の高齢者がいて、人口の18.1%に上る。しかも60歳以上の人口は2025年までに約3億人に、2035年までに4億人に達するとされる。さらに2050年までに60歳以上は約5億人となり、人口に占める比率は35%になる。一方、生産年齢人口(15歳~60歳)は2050年までに2億人減少すると予想されている。一人っ子政策が緩和されたにもかかわらず、2019年の人口1,000人当たりの出生数は10.48人と、2018年の10.94人から減少し過去最低となった。

高齢化社会の問題点

このように中国は、高齢化対策が待ったなしの状況だが、日本などの先進的な福祉国家に比べて、その体制には遅れが目立っている。

第1の問題は、年金財政が窮乏していることである。中国社会科学院は、「年金積立金は2027年の約7兆元をピークに急減し、2035年に底を突く」と推計しており、同院世界社会保障研究センターの鄭秉文は「定年の延長や、保険料を多く納めれば支給額も増えるインセンティブ制度の導入が必要だ」と訴えた。また、「一人っ子政策」を主導した国家衛生健康委員会(旧国家衛生・計画出産委員会)は、「60歳以上の高齢者は50年に4億8,700万人(人口の35%)に達し、国内総生産(GDP)の26%を介護や医療に充てる必要がある」と予測し、「世界で最も高齢者が多く、高齢化の速度も速いわが国は、そのリスクを軽視すべきではない」と警告した。

第2の問題は、都市戸籍と農村戸籍の年金格差である。現在、中国では都市戸籍の会社員が定年退職すると、年金が平均月額で3,000~4,000元(約4万5千円~6万円)ぐらいといわれる(地域により差があり、北京では6,000元ぐらいが平均)。都市部と農村部の賃金格差は、都市部で平均3万元に対し、農村部で1万元ぐらいだが、実質的には6~8倍ともいわれる。そのため、加入している年金額に大きな開きがあるだけではなく、高額な納付金が払えない未加入者の存在も問題になっている。

第3の問題は、長期的な介護制度が不十分なことである。中国の要介護者は約4,000万人、認知症患者は約1,000万人といわれ、65歳以上では6%が認知症となっている。日本のように多機能の福祉センターがないため、長期的な介護支援や認知症介護は難しい状況にある。

第4の問題は、老人ホームの不足と専門的知識を持った介護職員の雇用が難しいことである。高齢者向け施設は全国で約3万ヵ所あるが、富裕層向けが大半だ。中国では、高齢者の介護は「家政婦の仕事」という印象が強く、専門的知識を持ったスタッフは少ない。そのため、日本などが人材を送って介護支援や介護者の養成を行っている。

改ざんされた中国の出生データ

中国メディアによれば、北京大学の蘇剣教授は、「中国の出生数データは水増しされており、総人口は2018年に減少に転じた可能性がある。中国の人口データは信頼できない」と明言し、「18年の出生数は国家統計局発表の1,523万人に対し、国家衛生健康委員会の年鑑では1,362万人と161万人の誤差がある。重慶市では19年1~5月に6万8,000人余りだった出生数が、1~6月には14万人近くに急増する不可解なデータも公表された。さらに、統計局データで13億9,538万人(18年末)だった総人口も、信頼できる米国の研究者のデータを基にすると、17年に12億8,130万人でピークとなり、18年から減少に転じた可能性がある。これは、16年に『一人っ子政策』を廃止したにもかかわらず、実際には17年63万人減、18年200万人減と少子化が進行したため、地方政府が政策転換の効果をアピールするために水増し報告したのではないか」と疑惑を深めた。中国においては、これまでもGDPなど複数のデータ改ざん事件が報告されており、改ざんされたデータで分析する政策は間違った方向に行く危険性が大きく、早急な改善と透明性の確保が重要と考える。

中国は高齢化社会にどう対応するのか

現在の中国において、各家庭は1人の子供に小さい頃から家庭教師をつけ、多くの習い事をさせ、大学生になれば海外留学させるなど、高学歴で良い就職先を手に入れるため、収入のほとんどを子供につぎ込んでいる。そのため、苛烈な競争社会の中、2人目、3人目の出産は実質的に難しい。若者の高学歴化により、先進国並みに男女とも結婚年齢が上がってきており、初婚年齢は男性が28歳近く、女性が26歳近くになり、今後も晩婚化が進む傾向にある。出生人口の性別割合は女を100とすると男は110前後となっており、独身男性も増えている。

2019年、中国のGDPは世界第2位であるが、一人当たりのGDPは未だに10,522ドルと世界第67位にとどまっている。このままでは、「未富先老」(豊かになる前に老いを迎えること)となることが懸念されており、中国政府が新5ヵ年計画でどのような少子高齢化対策を打ち出し、具体的にどう実行していくのかが注目されている。

藤谷 昌敏(ふじたに まさとし)
1954年、北海道生まれ。学習院大学法学部法学科、北陸先端科学技術大学院大学先端科学技術研究科修士課程。法務省公安調査庁入庁(北朝鮮、中国、ロシア、国際テロ部門歴任)。同庁金沢公安調査事務所長で退官。現在、JFSS政策提言委員、合同会社OFFICE TOYA代表、TOYA危機管理研究所代表。


編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2020年11月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。