スペインの公用語がスペイン語でなくなる日が近い

白石 和幸

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スペイン語がスペイン全国レベルの公用語であることを排除する新教育法「セラー法」が、11月19日に下院で過半数176票を1票上回っただけの177票で可決した。これから上院に回されるが上院は与党が過半数の議席を確保しているので、この法案は近く施行されることになる。セラー法のセラーという名前はスペインの現教育相イサベル・セラー氏の苗字から取ったものである。

この法案が承認されると、一般的に「スペイン語」と認知されている「カスティーリャ語」がスペインの公用語ではなくなる。票数において非常に僅差での可決だった理由は、それに反対する議員が多くいるからである。

スペイン政府は、なぜカスティーリャ語が公用語であるという定義を急ぎ削除したのか。

それは、カタルーニャ州政府与党のカタルーニャ共和国左派の下院での13議席が来年度の国家予算の賛成に回ることを望んだからである。政府は勿論それを否定しているが、主要メディアを始め多くの国民がそう理解している。

実際その通りとなって、この13議席も賛成に回って国家予算案が議会を通過した。

スペインの教育上の問題は政権(右派政権から左派政権またはその逆の場合と)が代わるたびに教育法が改正さているということだ。スペインが1978年から民主化に移行してからこれまで8回改正されている。だから一環した教育ができないでいる。

セラー法によると、カスティーリャ語が公用語であり意思疎通を図る全国共通の言語であるという定義を削除してはいるが、学校でカスティーリャ語並びに自治州が指定した言語の教育を受ける権利は保障するとしている。ここで指摘している自治州が指定した言語の教育というのはカタラン語、バスク語、ガリシア語のことである。その中でも特に問題になっているのはカタラン語である。カタラン語が使われているカタルーニャでは、同州政府はカスティーリャ語での教育をできるだけ少なくしようとする傾向がある。

バレンシア大学の憲法学者レメディオ・サンチェス氏は今回の改正案について、生徒がカスティーリャ語での教育を受ける機会が必然的に少なくなり、その教育を受けるために学校を選択せねばらなくなると多くの生徒に弊害をもたらすことになるとして、違憲だとしている。(参考『Newtral』11月11日付)

実際に、カタルーニャ地方でカスティーリャ語を中心に子供を教育して欲しいと希望する親は、カスティーリャ語を優先している私立の学校に通わさねばならないといった教育の場が限定される問題が起きているからである。

今回の改正案には、同じ与党社会労働党内にも反対議員がいる。その先頭にたっているのはマドリード市の市会議員で大学教授でもあるアントニオ・ミゲル・カルモナ氏だ。彼はこれまで13万4000人からの署名を集めている(参考『20Minútos』11月14日付)

この署名には、14年間政権を維持した社会労働党フェリペ・ゴンサレス首相の参謀として副首相を務めたアルフォンソ・ゲッラ氏も加わっている。彼は「スペイン国内でスペイン語(カスティーリャ語)が外国語であるかのように認識されるようになる。それを抵抗なく受け入れるような社会だと、その社会は衰退して行く」と述べたことが電子紙『OKDIARIO』(11月13日付)で報じられた。

実際、ゲッラ元副首相が指摘しているような反応が、カタルーニャ共和国左派で見られる。同党の州議会議員はモンセ・バサ氏は「スペイン語が意思疎通の言語ではなく、英語またはフランス語のようにカタルーニャで教えることができるということだ」と率直な見解を表明した。

今回の問題がスペインで重要度を増しているのは、それが言語上において将来の国家の統一の継続を妨げる可能性が十分にあるからである。というのは、カタラン語、ガリシア語、バスク語が日本で考えられているような方言ではなく、ちゃんとした文法を持っている一つの言語として存在しているということなのである。

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それをフランコ将軍はカスティーリャ語の教育を全国に義務づけて、例えばカタルーニャでは学校教育はすべてカスティーリャ語で行っていた。その反動が民主化以後に生まれて、カタラン語を復活させ発展させるということになったのである。特に、カタラン人の間ではスペインから独立するという動きもあるから、それがカスティリャ語を排斥しようとすることに呼応しているのである。

ガリシア州とバスク州についてはカタルーニャ州ほどの独立のための言語の差別化はない。しかし、これらの州では自治体の公文書はすべて州の言語を優先している。だから公務員になるのは少なくとも州の言語を理解できる能力が必要とされている。

因みに、筆者が在住しているバレンシアにはバレンシア語もある。これはカタラン語から派生したものだという定義が主流である。勿論、学者の中にはバレンシア語も一つの独立した言語だと主張する人もいる。バレンシア市内ではカスティーリャ語を大半の人が喋っているが、筆者が在住している町など内陸部になるとバレンシア語が日常会話で使用されている。カタラン語とバレンシア語の筆記は同じで、発音に違いがあるということ。

例えば、マドリードで育ってカスティーリャ語しか知らない人がカタラン語またはバレンシア語を初めて耳にすれば恐らくその9割は理解できない。ガリシア語だと7-8割だと思う。バスク語になるとこれはラテン語がルーツではないので100%理解できない。

筆者はバレンシア語は喋らないが理解はできる。筆者の家族は日常バレンシア語を喋って生活している。勿論、スペインの公用語であるカスティーリャ語も臨機応変に必要時に喋っている。

スペイン憲法3条においては「カスティーリャ語はスペインの公用語であり、全てのスペイン人がそれを知る義務があり、それを使用する権利をもっている」と規定している。結論的に言えば、この規定が独立派が政権に就いているカタルーニャ州政府には邪魔なのである。かれらはカタルーニャ州ではカスティーリャ語を公用語として教えたくないのである。しかし、憲法で規定されていることから、現在カタラン語とカスティーリャ語での教育を実施している。しかし、実際にはバルセロナ市とそれ以外の僅かの地域を除いてカタラン語での教育が大半を占めているというのが現状である。

だから、カスティーリャ語を中心に子供を教育して欲しいと希望する親は子供をカスティーリャ語を優先して授業している私立の学校に通わすとか、教育の場が限定されている。この現状をセラー教育相は直視するのを避けているようだ。

一方、カタルーニャ州政府はこれからもカタラン語での教育の比重を増やして行くという考えに根付いているため、機会あるごとにカスティーリャ語での教育の比重を減らす方向に動いている。

今回、政府はカタルーニャ共和国左派とカスティーリャ語を意思疎通を図る全国共通の言語であるという定義を削除するから、その代わりに国家予算を通過させるための票を政府に貸すようにという交換条件を成立させたということなのである。

政府は卑怯にもスペイン語を知る義務と使用する権利をカタルーニャの独立支持派政党に売ってこの義務と権利を放棄したのである。

だから、同じ政府与党内でもセラー教育法に反対する動きが生まれたのである。
スペイン紙『El Mundo』(11月23日付)は北米スペイン語アカデミーがセラー法はスペインだけではなく、世界共通の言語を使用しているほぼ6億人にとっても弊害をもたらすことになると表明したことを伝えた。