日経ビジネスオンラインによると、Jリーグ2部(J2)の東京ヴェルディがコロナ禍で経営危機に陥ったのを機に、経営陣と株主の主導権争いが起きているらしい。読売記者時代、地元の支局に勤務し、ヴェルディのことは女子チームのベレーザをはじめよく取材していただけに、よもやの事態に困惑している。
「ステルス株主」出現で紛糾
Jリーグ創設当初、三浦知良、ラモス瑠偉らを擁した往年のスター軍団も、2008年に2度目のJ2転落から低迷が続くが、経営破綻が現実味を帯びるのは、日テレ撤退の翌2010年に続く2度目。このとき4億円をスポンサードし、救世主となったのが「ヴィクトリア」などを傘下に置く、スポーツ用品大手のゼビオグループだった。
ところが今度は、ゼビオとヴェルディの経営陣が対立を深めているという。ヴェルディ側は増資による経営再建をめざしたが、ゼビオがこれを拒んでいる。
実は対立の「火種」は10年前からあったのだ。そのときはゼビオは株主ではなく、スポンサーに過ぎなかったが、契約の中で新株予約権を盛り込んでいたのだ。
すでに報道もされているが、この予約権には株式の「希釈化禁止条項」が入っていて、ゼビオ以外の第三者にどれだけ増資分を割り当てても、ゼビオが予約権をすべて行使すれば50%超を保有できるようにしていたという。つまりゼビオは表向きはスポンサーの立場を装いつつ実態は「ステルス筆頭株主」だったわけだ。
そしてこの対立局面に来て、ゼビオは予約権を一部行使して初めて株主となり、12月初旬の時点で11%分を保有している。
ヴェルディの株主構成は、ゼビオの予約権行使前の時点で、アマダナスポーツエンタテインメント(約25%)を筆頭に、アカツキ(約23%)、元J1清水DFで、読売クラブ時代にチームに在籍した斉藤浩史氏などがいる。一部の株主には株式譲渡を要求しているようだ。
さらにこの間、ゼビオはクラブ側にほかのスポンサー「排除」にも乗り出していた。過去2年で4億円余を出したのに、クラブ側の求めでスポンサーを下りたISPSがその顛末を自社サイトで暴露している。この記事によると、ゼビオの会長と社長の意向が働いていた可能性があり、ISPSはゼビオ側に激怒している。
スポーツマンシップに則った資本政策か?
念のためだが、ゼビオ側が新株予約権をつけてスポンサー契約をしていたこと自体は、ISPNも認めるように「スポーツをビジネスとしか捉えない会社なら、普通にある事」(記事より)であり違法ではない。NewsPicksではプロピッカー氏が「法律上で許されているビジネス権利を交渉で得たに過ぎない。経営力の低い日本スポーツ界、もっと多くのプロ経営者が必要!」などとヴェルディ側をこき下ろしている。
しかし、ISPSも当初は把握していなかったように、ゼビオの新株予約権の事実は2010年当時、公にされていなかったとみられる。ネットに残る当時のスポーツ紙の記事はおろか、当時のゼビオのプレスリリースにも言及されておらず、「密約」だったのではないか。
ヴェルディ側にとっては2010年時点の経営危機でほかに選択肢がなく、足元をみられていることはわかりながら泣く泣く新株予約権付で契約したとみられる。ゼビオもヴェルディも互いの企業イメージのために公表しなかったのかもしれない(※追記あり)。
別のプロピッカー氏は新株予約権について「無かったら厳しい時だけ利用されて業績が良くなったら出て行ってと言われるリスクがあり、支援する側からすると付けたい条項」と正当化している。
しかし、2010年当時、新株予約権の「密約」は世間に知らされず、ゼビオが「救世主」になったような美談が仕立てられた反面、内実はヴェルディの弱みに付け込み、いざとなったら「乗っ取り」が可能になる仕込みがあったこと自体、スポーツマンシップの模範たるべきJリーグクラブへの経営関与のあり方としては「邪道」と思われても仕方ないのではないか。
実際、資本政策の専門家に聞くと、一般的なビジネスの世界に置き換えても、スポンサーで株主でなかった者が突然「筆頭株主」に躍り出るという、えげつない手法はかなり異例のようだ。もし上場企業でこんなことをやったら、もっと大事になりかねない。
もちろん、ゼビオ側が経営権を完全に取得し経営責任を負って再建をしていくというのであれば、まだ理解はできる。ところが、コロナ禍でゼビオも業績不振(通期の業績予想で前期比41.7%減)。すでに債務超過のヴェルディを連携子会社にすると、ゼビオも株主側から突っ込まれるのは確実なため、巧妙に対応している。報道された株主構成から推測するに、ゼビオはできるだけ株主保有比率を抑えながら経営権を実質確保するため、筆頭株主のアマダナに秋波を送っているのではないか。
世の未上場企業への教訓と公共財としての意味
ヴェルディの経営陣はゼビオに対し新株予約権を全て行使するか、それらを他の株主に譲渡するか迫ったが、ゼビオ側は拒否。決着はこの週末、27日の臨時株主総会でつけられることに。発行できる株式数を増やして、ゼビオ以外の新たな株主を募れるようにし、ゼビオ側が持つ希薄化禁止条項を実質無効にするための3つの議案を諮ることになるが、議決権数の2/3以上で可決する特別決議扱いのため、ほかの株主動向を含め予断を許さない。
未上場企業が普通のプロスポーツチームで、株主間の経営権争いが生じるのは珍しい。零細企業を経営する私もそうだが、「上場してないから乗っ取りはない」と安心しがちな世間の中小企業経営者にとって、今回の騒動は資本政策に思わぬ落とし穴がある点で教訓になろう。
一方で、プロスポーツチームは「社会的公共財」ともいえる特殊な事業分野でもある。実際、ヴェルディには地元の稲城市など4つの自治体が少額出資している。かつての横浜フリューゲルスのような放漫経営は許されないが、だからといってゼビオやプロピッカー氏たちが資本の論理を過度に振りかざすのには違和感が小さくない。
すでにサポーターは20日の試合で
ヴェルディはゼビオのものではない。私物化×
スポーツをマネーゲームの餌にするな
などと主張する横断幕を掲げる騒ぎになっている(写真はこちら)。冒頭の日経ビジネスによると、ゼビオ側はヴェルディ側に5億円を払う見返りにスクール事業の買い取りを提示したというが、いまのヴェルディで数少ない貴重な収益源がなくなる上に、Jリーグが特に重視してきた各クラブの選手育成基盤を奪うやり口からして、サポーターの目には「サッカー愛がない唯の火事場泥棒」のように映ってしまうのではないか。
選手、サポーター、地域住民(と自治体)もステークホルダーと考えると、不毛な争いは早く収束した方がいい。臨時株主総会での株主の動向は、資本の論理だけでなく、スポーツマンシップに相応しい見識があるのか問われそうだ。
(※追記①12/24 18:30 ヴェルディの登記を見たネット民の指摘を受けて確認したが、新株予約権のことは記載済みだったらしい。ただ当時、積極的に広報されていなかったことに変わりはない)
(追記②12/25 17:45 ゼビオが25日、新株予約権を追加行使し、ヴェルディを子会社化。ヴェルディは羽生社長らが退陣した。ゼビオは子会社化により特損計上するという。これによりゼビオの経営責任が明確化、名門再建に乗り出すことが決まった。)