なぜアルゼンチンでハイパーインフレが繰り返されるのか?

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アルゼンチン商業サービス会議所の「アルゼンチンのインフレの歴史」と題した刊行物の中に、同国各大統領の政権中の平均インフレ率を掲載したものがある。

1973年に2度目の政権に就いたファン・ドミンゴ・ペロン将軍から2018年のマウリシオ・マクリ大統領の政権途中までの累計インフレ率は、なんと1669.5%という驚異的記録。この累計ではマクリの政権時の平均インフレ率は33.7%と掲載されているが、彼が政権を終えた2019年12月の時点でのインフレ率は55%であった。

なお、ペロンの後、彼の後妻マリア・エステラ・マルティネス・デ・ペロン夫人の政権時は276.2%を記録するという経済危機もあって、そのあと1973年に軍事政権が誕生した。軍事政権から彼女は自宅軟禁を命じられ、1981年からはスペインに在住している。

1973年から1982年まで続いた軍事政権での累計インフレ率は801.7%。特に、フォークランド紛争を起こしたツケもあってインフレが高騰し始めて民政への意向を約束した陸軍中将レイナルド・ビニョーネ氏が大統領に就任した時は、それまでの軍事政権によるしわ寄せでインフレは歴代最高の401.7%まで上昇。

その後を継いで民政に移行して最初の大統領に就いたラウル・アルフォンシン氏の政権時は軍事政権時のインフレを抑えることが出来ず398.1%を記録した。

このようにインフレが留まることなく上昇し続ける国の民は毎日小売価格が変化しているのに慣れてしまっているのか、暴動も起きない。但し、南米の中で労働組合が最も力を持っているのはアルゼンチンで、彼らは頻繁に賃金の値上げを求めてゼネストを行う。どの政府も労働組合の勢力を配慮して、労働相の人選には組合側の意向が強く反映されている。

アルゼンチンでインフレ率がなぜ高いのかという理由には色々とあるが、その中でも良く指摘されるのが以下のような要因である。

  • 国のGDPの規模に比較して輸出量が非常に少なく常に外貨が不足する傾向にある。
  • 市民が通貨ペソへの信頼を全く寄せておらず、常に不足している米ドルを所有しようとする傾向にある。だから、ドル価値が対ペソ上昇すれば、それが同時にインフレの上昇を招く傾向にある。
  • 財政赤字を補うのに新しく通貨を発行してそれを埋めようとする、あるいは国債を発行する。しかし、それがドル建ての為ペソが値下がりするのに比例して負債額は増える。
  • ペソの切り下げが常に必要となる状況に容易に追い込まれる。
  • 政界でも賄賂が横行しており、それがないと政治が機能しないようになっている。
  • 物価が値上がりすれば、購買力が落ちる。それを修正しようとして労働組合は賃上げを要求する。それを政府は容易に受け入れる傾向にある。それが更に物価の上昇を招く。
  • 多くの業界で生産市場が寡占化されていて、企業間のライバルが少ない。よって、市場での企業間の競争がなく生産コストが上がればそれを販売価格にスライドさせるのが比較的容易になっている。

例えば、クリスチーナ・フェルナンデス政権時に穀物の価格の値上がりを抑えようとして、彼女は穀物の輸出を制限し、国内に向けさせた。供給過剰を起こさせて価格の上昇を抑えようとしたのである。このような常道を逸脱したことをやれる国でもある。

アルゼンチンでなぜ高いインフレが起きるのかということについて、昨年10月にアルゼンチンが兄とすればその弟とみなされているウルグアイの『El País』が「自由消費者」という組織の設立者エクトル・ポリーノ氏の興味あるコメントを掲載した。その内容を以下に紹介する。

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彼が指摘しているのは、現在アルゼンチンの経済はペソとドルとの二重通貨構造になっているということ。そして、「ペソが公式通貨であるが、実際の商活動は米ドルを基軸にしたペソによって行われている」と指摘している。インフレで価格が毎日のように変化していることから彼は、「商品を今日売る段階でその仕入れコストがどれだけかかったのか販売者はわからない。生産業者も商品を生産するのにその原材料の仕入れコストがどれだけかかったのかわからない」と述べ、「販売者は販売価格を設定するのに疑問に包まれた中で価格をつけねばならなくなる」「しかも販売している間も仕入れコストが上昇して明日の仕入れ価格に影響するかもしれない」ということで、アルゼンチンのようにインフレの高い国は必然的に販売価格も損をしないようにかなり高めで価格を設定するようになる。それがまたインフレをさらに誘発する。そして彼は、「アルゼンチンでは価格は絶え間なく上昇しているので一定の商品についての適正価格についてわかる人は誰もいない」と語っている。

特に、食品とアルコール飲料は価格の上昇が激しく昨年10月の時点までの年間の累積インフレは57%となっていたそうだ。

現在のアルゼンチンは貧困化が進み、国民の半分近くが貧困層となってしまっている。特に、悲惨なのは半数以上の子供が貧困状態にあるということだ。

20世紀初頭のブエノスアイレスは「南米のパリ」と称されて繁栄した都市であった。しかも、アルゼンチンは世界で経済的に最も豊かな国のひとつであった。その名残もあってか、現在のアルゼンチンの情報メディアの発達はラテンアメリカでトップである。

しかし、スペインとイタリアからの移民が多く、俗に「アルゼンチンで喋るスペイン語はイタリア語の抑揚のあるスペイン語だ」と言われている。規律を守ることが苦手なスペイン人とイタリア人の血を引いた人たちが主導している国では、例えば堅実な経済を実行するために必要な「倹約をする」といったことを実行するのは苦手である。その苦手な表れとして長年堆積しているのが戦後から続いているハイパーインフレだ。