欧州医薬品庁(EMA)から承認勧告の知らせを受け、欧州連合(EU)欧州委員会は21日、米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬品企業ビオンテックが共同開発したワクチンの「条件付き販売承認」を決定し、クリスマス休日明けの今月27日から接種を開始すると表明した。ファイザー社の広報関係者によると、ワクチン輸送は同社の欧州拠点、ベルギーのプールス市を既にスタートした。
中国武漢発の新型コロナウイルス(Covid-19)が欧州に飛び火して、10カ月余りが経過するが、欧州でようやくコロナ・ワクチンを接種できるということで、コロナ禍の出口が見えてきたと喜ぶ声が政治家や国民から聞かれる一方、ワクチン接種を拒否する声がここにきて増えている。
オーストリアでは27日午前9時、ウィーン医科大学で最初の5人が「オーストリア・ワクチン委員会」のウルズラ・ヴィーダーマン・シュミット会長と医師会のトーマス・セカレシュ会長らの立ち合いのもとワクチン接種を受ける。オーストリア保健省によると、来年第1四半期分として100万人分のワクチンが送られてくる。ファイザー・ビオンテック社は、「ワクチン輸送はフル回転中だ。初回輸送を成功させるために関係者は最善の努力を払っている」という。ただし、安全問題もあって、詳細な輸送計画については公表を控えている。同社によると、2021年、13億人分のワクチンを製造する予定だ。
ちなみに、ファイザー社の説明では、マイナス70度の超低温冷凍庫で保管された場合、ワクチン(「BNT162b2」)は半年間は有効性を失わないという。ただし、接種のために冷凍庫から取り出された場合は、2度から8度の状況下で120時間、ワクチンはその効力を維持できるという。なお、同超冷凍庫は1台1万ユーロもする。ウィ―ン市では同種の超低温冷凍庫は3台しかない。
上記の内容はもちろんファイザー・ビオンテック社のワクチンの話だ、他のワクチンでは常温下で保管でき、接種は1度でいい場合もある。ファイザー社の場合、2度の接種が必要となる、といった具合で、製造先のワクチンによって接種から保管まで条件は異なる。
オーストリアのクルツ首相は23日の記者会見で、「26日にはドイツ・オーストリアの国境パッサウを通過してわが国に入る。連邦軍と医薬輸送関係者がその後、運ばれたワクチンを全州(9州)に公平に配分する」と説明した。
ところで、ワクチン接種が可能となったが、オーストリアではワクチン接種に消極的な声が広がってきたという世論調査結果が明らかになった。ウィ―ン大学の「オーストリア・コロナ・パネル・プロジェクト」が実施した調査結果によると、ワクチン接種を希望する人は全体の約3分のⅠに留まっている。5月に実施された同種の調査では接種希望者は全体の48%だった。ワクチンが接種可能となった時点でワクチン拒否者が増加したことになるわけだ。
インフルエンザのワクチンの割合も接種率は高くないが、世界で12月24日現在、約7800万人が感染し、約173万人が犠牲となった新型コロナに対しては多くの人がワクチンの完成を願ってきただけに、ワクチン接種を拒否する人が増えてきているのはなぜだろうか。
考えられるのは、①コロナ・ワクチンだけではなく、ワクチン一般に対する警戒心があること、②ワクチンの安全性。英国や米国ではワクチン接種が開始されているが、接種を受けた人にアレルギー症状などの拒否反応が出たケースが報告されている。③ワクチン接種を政治的ショーとする政治家への反発。世界で最初のワクチンという名誉を得るためにワクチン接種(ロシア国産スプートニクV)を急がせたロシアのプーチン大統領、ワクチンの第1号接種(12月8日)を政治ショーとした英国のジョンソン首相らの姿を見て、政治家の道具となっているワクチン接種に拒否反応が働いている。④新型コロナ感染拡大当初、ワクチンの完成は早くても来年前半と予想されていた。それが突然、年内にワクチン接種可能となったことに対し、「なぜ早く製造できたのか」といった不信感を抱く人がいる。
EUがワクチン接種開始を宣言した直後、感染力が強い新型コロナウイルスの変異種が英国で見つかり、英仏海峡が一時的に閉鎖されたが、同時に、認可され、接種が始まったワクチンの有効性に懸念を表明する声もある。
それに対し、世界保健機関(WHO)は21日、「英国以外で5カ国、新型コロナの変異種が発見されている」と確認する一方、「変異種は従来より感染力は強いが、感染者を重症化させ、致死率を上げたりする証拠は現時点で見つかっていない」と説明するだけに留めている。
中国武漢発の新型コロナウイルスでは、その発生源問題で武漢ウイルス研究所から漏れたと主張する米国に対し、中国共産党政権が猛烈に異議を唱えるなど、米中間で対立、コロナ問題は最初から政治問題の様相を深めてきた経緯がある。そしてコロナ・ワクチンの接種が始まると、中国は自国産ワクチンを広めるためにワクチン外交に乗り出してきている、といった具合だ。そのような中、コロナ・ワクチンに対し、世界の多くの人々は無条件で喜ぶことができなくなってきているのかもしれない。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2020年12月25日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。