東京・調布市の東京外環道の建設現場で陥没事故が発生した。大深度地下を掘削する地下トンネルの工事中に起こった事故である。これに対し一部の市民は懸念を示すとともに、外環道は不要であるという言説も巻き起こっている。しかし筆者としては、東京外環道は早期に建設・開業しなければならないと考えている。
東京の高速道路状況を見てみよう。すると、東京都心から放射状に延びる高速道路は7本(東名高速・中央道・関越道・東北道・常磐道・東関道・館山道)ある。
対して、東京都心を迂回する高速道路は圏央道と東京外環道の一部区間があるのみである。そのため、首都圏を通過しようとする自動車は必然的に都心部の首都高速道路に集中することとなる。結果、首都高速道路で渋滞が頻発することとなる。それによる経済的損害は計り知れない。
首都高速道路の渋滞を防ぐには、まず交通量を減らさなければいけないのは自明である。交通量を減らすにあたっては首都圏を通過する交通をどう分散させるかということが課題となる。実際に交通の分散を目的として圏央道が建設された。そして2010年代、放射状の高速道路を結ぶ圏央道のほとんどの区間が開業した。
しかし、圏央道でも渋滞が頻発している。特に並走する東京外環道が開業していない区間において顕著(鶴ヶ島・あきる野など)である。これは片側2車線の道路1本だけでは、首都圏を通過する交通をまかなうことが難しいことを示している。
そのため、首都圏を通過する交通を逃すための環状道路がもう一本必要となる。それが東京外環道である。東京外環道のうち練馬~市川間はすでに開業しており、渋滞解消に一定の成果を上げている。一方、練馬~東名高速間は、大深度地下を使ったトンネル方式で現在建設中である。並行する圏央道がキャパシティオーバーに悩まされる中、渋滞解消のためにも早期の開通が求められる。
一方で外環道不要論も根強い。高速道路自体がNIMBY(=Not In My Back Yard)であることに由来するものであるし、騒音や排ガスの問題もあるだろう。
しかし高速道路を大深度地下に建設することにより、騒音問題は解決し、排気ガスも換気塔から浄化された形ででてくるため大気汚染も問題になりにくい。陥没事故の再発防止には努めるべきことは言うまでもないが、同時に陥没事故へのリスクを過大評価し東京外環道建設が遅延することは避けねばならない。この陥没事故へのリスクは、おそらく日本社会に蔓延するゼロリスク信仰と関連があるのは火を見るよりも明らかである。
例えば原子力発電所の再稼働にしろ、ゼロリスクでないから再稼働してはならないという声が根強い。そしてゼロリスク信仰の前では原子力発電所が再稼働しないことによる電気料金の値上げやそれに伴う経済的損害、発電所立地自治体における雇用の喪失、エネルギー安全保障にかかる問題といったことは雲散霧消する。そのことは東京外環道をめぐる状況にも敷衍できるだろう。
そもそも都心を迂回する高速道路の建設と、それを中止させようとする一部グループとの抗争は昨日今日始まったわけではない。2000年代には圏央道の高尾山トンネルの建設中、トンネル建設に反対するグループが工事用地を強奪し奇怪な建築物を立てる騒ぎがあった。結局奇怪な建築物は取り壊され無事にトンネルも開通したが、強奪された工事用地を取り戻したり奇怪な不法建築物を解体したりするだけでも不要なコストがかかったことは明らかであろう。
今回の東京外環道陥没事故においても、それに乗じて住民の不安をあおり、東京外環道建設を中止させようとするグループが動き出している。恐らくこの手のグループは最初から「工事を中止させる」「東京外環道を作らせない」ことが目的であり、高速道路会社などがリスクコミュニケーションなどの手法を用いて説得しようとしても徒労で終わる可能性が高い。このような結論ありきで動いているグループの存在は大型開発事業の宿痾であり致し方のない部分であるが、彼らが建設地域の住民らに与える影響は計り知れない。
必要なのは事業主体によるリスクコミュニケーションであり、東京外環道がどのような公共の利益につながるのか説明することである。それとともに住民側も一部グループの発言に右顧左眄することなく、ゼロリスク信仰にとらわれることもなく、事業主体の発言を虚心坦懐に聞き、わからないことはきちんと説明するという姿勢が求められる。
首都・東京の交通渋滞を減らすため東京外環道の建設は焦眉の急である。そのためにも、住民側が正しい交通に関する認識を持ち、ゼロリスク信仰に幻惑されることが重要である。それとともに住民側・事業主体側が相互にコミュニケーションを取り合うことが必要である。
川畑一樹 フリーの社会学研究者
1991年・熊本県生まれ。中央大学文学研究科修了(修士:社会情報学)。シンクタンク勤務を経て現在に至る。