新型コロナ 緊急事態宣言は回避できないのか --- 境田 正樹

寄稿
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境田 正樹   弁護士、東京大学理事(病院担当)

1. 医療崩壊の危機

昨年秋からの新型コロナ陽性者の急増により、東京、神奈川、大阪など大都市圏においてコロナ重症患者を引き受けている病院においては、重症病床が不足し、極めてひっ迫した状態に陥っています。12日には、小池東京都知事が政府に対し、緊急事態宣言を要望しているとの報道もありました。

昨今、新型コロナ感染症について、現在の第2類感染症相当から第5類感染症に変更すべきか否かという議論も盛んに行われていますが、現に急増しているコロナ重症患者を受け入れる病床数を拡大することができなければ、早晩、日本の医療体制が大変な事態に陥ることは明らかです。また、緊急事態宣言等の大規模な行動制限措置も不可避になってしまいます。

本稿では、この新型コロナ重症者用対応病床数を短期間でいかに拡大するかについての具体策を述べたいと思います。

2. 政府のコロナ対策が、なぜ重症病床数の拡大につながらなかったか

厚生労働省の地域医療構想に関するワーキンググループのデータによりますと、国内の約8400の病院のうち、新型コロナ患者受入可能医療機関は1700機関、また、ICU等を有する医療機関は1007機関ありますが、実際に新型コロナ患者で人工呼吸器、 ECMO又はその両方を使用した患者を受け入れている医療機関は307機関に過ぎません。この307の医療機関のうち、特に大都市圏の医療機関の新規重症患者の受入キャパシティがほぼ底をついてきたというのが今日の状況です。

中国の武漢では、昨年2月に、コロナ患者用の仮設病院(全1500床)が建設され、その緊急事態に対応しましたが、日本でもこのような緊急措置をとらない限り、前述のICT等を有する700の医療機関のうちコロナ重症者受け入れ可能な医療機関が、新たに重症病床を設置し重症患者を受け入れるか、または、既存の307の重症患者受入医療機関が重症病床を増床するしか方法はありません。

ところで、政府では、昨年5月には、令和2年度の第二次補正予算で、新型コロナウィルス感染症緊急包括支援交付金(医療分)として、約1.6兆円を計上し、また、昨年12月には、第三次補正予算で、地域の医療提供体制を維持・確保するための医療機関等支援金として、 1.9兆円を計上するなど、予算面ではかなり大規模な対策を講じた結果、コロナ重症患者を受け入れる医療機関の経営が大きく改善しました。

しかしながら、この対策も、新規にコロナ重症患者を受入れる医療機関を拡大し、重症者用病床数を拡大するという重要課題の解決にはつながりませんでした。

では、なぜ、上記の大規模な補正予算が、重症患者受入医療機関の拡大や病床数の拡大につながらなかったのでしょうか。

上記第二次補正予算、第三次補正予算の項目を子細にみますと、その予算内訳は、すべて、新規にコロナ対策を行うために必要な費用ということで通底しており、病院がコロナ対策の結果、生じた損失部分について補填するという建付けの予算項目は存在しません。私は、この補正予算の制度の建付け自体が、コロナ重症者受入医療機関の拡大に繋がらなかった一つの要因だと考えています。以下、詳しく述べたいと思います。

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3. 医療機関側の真のニーズ

コロナ重症患者の受け入れる病院の理事長や病院長など病院経営者の立場に立てば、コロナ重症患者を受け入れるにあたって、最大の関心事は、仮に病院収益が赤字となった場合に、その赤字分を公費で補填してもらえるのか、つまり「損失補償」を受けられるのかどうかということです。

コロナ重症患者を受け入れる場合、感染予防のための完全隔離措置や部屋の配置転換、人員の重点配置その他諸々の対応が求められ、さらにはICU病床、一般病床を含めた病床の(一部)閉鎖、手術件数の削減、一般外来患者数の抑制などの対策を講じる必要がある一方で、検査や感染予防のための医療用具・器具などの購入や機器の消毒措置など感染防止対策のための様々な追加経費負担が病棟改修費や人件費などで多額のコストがかかります。

また、万が一、院内感染が確認されれば、診療機能(外来対応、手術など)をストップせざるを得ず、多額の損失が発生することになります。二次補正により、上記のコロナ対策にかかる費用については、その大部分が補助金でカバーされるものの、診療ストップによる逸失利益については、二次補正ではカバーされないため、仮に巨額の損失発生により、資金繰りがつかず、かつ資金調達ができなかった場合には、病院経営は破綻し、医師や看護師などは解雇もしくは賃金カットされ、そして経営者自身も生活の糧を失うことになります

もちろん、大学病院や公立病院など公的な医療機関では、民間病院とは異なり、直ちに経営破綻とはならないとは思いますが、いずれの医療機関も、仮に年度途中で予算が大きく下振れれば、経営者は、人件費のカット、人員のカット、その他のコストカットに踏み切らざるを得ません。そして外部機関からの資金借入などを行ったり、取引先金融機関等に返済猶予を依頼する等、かなり負荷のある資金繰りに追われることになります。

昨年4月以降、コロナ院内感染等により、深刻な経営難に陥り、賃金や賞与カット、人員の削減、経営破綻寸前になった病院が多数あったこと、そしてそれらの病院に対して、国は経営支援のための資金投入をしなかったことについて、当然のことながら、病院経営者は知悉しているのです。

この病院経営者の不安を払拭し、健全な病院経営を維持するための最善の策が、万が一、赤字が出た場合の公的資金による損失補償なのです。

また、純粋に公的資金による損失保証という手法が難しいのであれば、たとえば、奨学金制度のように、いったんは、たとえば、独立行政法人医療福祉機構など公的な金融機関が医療機関に運転資金を貸し付けるが、コロナ重症患者用病床の確保と重症患者受入の実績があれば、返済を免除するという手法も有り得ると思います。

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いずれにせよ、医療機関経営者にとってみれば、仮に、コロナ重症患者を受け入れたことにより、仮に損失が発生したとしても、公費で損失補償が受けることができるのであれば、上記の不安はほぼ払しょくされるため、コロナ重症患者受入に向けたハードルは一気に下がるのです。

また、すでに重症患者を受け入れている医療機関においても、今後、自治体から、重症患者の受入病床数の拡大要請があったときに、それを受け入れるかどうかの決断を迫られることもあるかと思いますが、その場合でも、「損失補償」という制度が設けられていれば、病床数拡大に向けたハードルは一気に下がるでしょう。

4. 第2次補正予算の内容

昨年518日に、私は、日本医師会横倉会長等と総理官邸を訪問させていただき、安倍晋三内閣総理大臣に、編成中の第2次補正予算で医療機関等に財政的な支援を行うことを求める要望書を手交させていただきました。また、その会談に先立ち、第2次補正予算案の策定に関わる方々と予算の内容についての議論をさせて頂く機会も頂きました。

日本医師会の横倉会長(当時、左から3人目)とともに、安倍首相(当時)と会談した際の筆者(右端)

その際に、私から予算編成に関わる方々に対し、コロナ患者を受け入れる病院への損失補償を検討すべきとの意見を申し上げたのですが、そこで分かったことは、予算編成の担当者としては、医療機関が経営危機に陥らないようにすることが極めて重要であることは十分に理解しているものの、医療機関がコロナ対応により被るであろう「損失補償」のための予算措置は行うことはできない、それは、政府の一貫した方針なので、ということでした。

その主な理由は、政府は、コロナ禍により損失を被っているすべての業界に対して、損失補償を行わないことを大原則としているため、医療界だけを特別扱いできないということ、つまり、飲食業、旅行業、運送業など政治的に強い影響力のある様々な業界団体から、政府に対し、損失補償の強い要望があるなかで、医療界だけを特別扱いし、損失補償をしてしまうと、政府は、政治的に持たないからということであろうと思われます。

そして、医療界に対してのみ、損失補償を行うということであれば、それは、大きな政治的決断がなければできない、とのことでした。

昨年5月、第2次補正予算について議論した政府与党政策懇談会に出席した安倍首相と菅官房長官(肩書きは当時。官邸サイトより)

5. 今後の具体策について

上記を踏まえて、私は、昨年518日に安倍総理と面談させて頂いた際に、次の内容をお伝えさせて頂きました。

「パンデミックは、国家と感染症との戦争であり、コロナとの戦争で、戦地で国民のために命をかけて敵と戦うのは医療従事者です。彼らは私たちの英雄です。国民のために命を捧げる英雄が、生活に困り、職を失うようでは、我々が戦争に勝てる訳がありません。医療従事者に対しては、できる限りの身分保障や生活保障を、また、コロナ患者を受け入れる医療機関に対しても、損失が生じた場合の財政支援を行って頂きたいと思います。ここは総理のご決断がないと国は動きません。どうぞご理解をよろしくお願いいたします。」

上記私見につきましては、57日の拙稿「新型コロナで病院経営破綻危機、打開策はあるのか をお読み頂ければと思います。

昨年1215日に閣議決定された第3次補正予算案におきましても、医療機関向け損失補償についての予算は措置されませんでしたが、1225日、厚生労働省は、新型コロナウイルス感染症患者等入院受入医療機関に対し、 緊急支援事業として、重症者病床 1床あたり15百万円を交付する等のことについて公表しました。

この政策も極めて有効な施策であることは間違いありませんが、私は、上記のとおり、コロナによる医療崩壊回避に向けて、真に必要な施策は、先述の「損失補償」の制度だと思います。

もちろん、実際に、コロナ重症患者の受入れ病床数を拡大するためには、看護師、技士など専門人材の登用なども必要となってきますが、そのための予算が確保されているのであれば、人材の登用はそれほど大きな問題にはならないと思います。

また、損失補償が認められれば、経営規律が働かなくなるのではないか、非効率な経営が行われるのではないか、との懸念があるかもしれませんが、そのあたりについては、自治体や独立行政法人医療福祉機構にモニタリング機関を設置するなどの方法で解決できると思います。

新型コロナウィルス発生から約1年が経過し、そのなかで、全国民が緊急事態宣言による苦しみを体験する中で、重症患者を受け入れている医療機関が、国民生活の最後の砦であるということ、そしてその医療機関の健全のために公的資金を医療機関に提供することが、ひいては、全国民に裨益することについては、私は大多数の国民から理解を得られるものと確信しています。

ぜひ、早急に「政治的に大きな決断」がなされることを祈念しています。

境田正樹
境田 正樹   弁護士、東京大学理事(病院担当)