1月6日、次期大統領を認定する最後のハードル、上下両院合同議会での審議はトランプ大統領支持派の議会建物内への侵入といった想定外の騒動で一時中断されたが、再開後、バイデン氏の勝利が正式に認定された。4人が犠牲となった米議会侵入騒動後、トランプ氏は流石にショックだったのだろう、「円滑な政権移譲」を約束し、大統領選の敗北を認めた。
ジョー・バイデン氏は29歳で上院議員となってから約半世紀後、最高峰に到達した。上院議員に初当選した直後、妻と娘を交通事故で失い、優秀な長男(ジョセフ・ロビネット・ボー・バイデン)を自分の後継者と期待した矢先、長男が脳腫瘍で2015年に亡くなるなど、同氏は“米国のヨブ”と呼ばれ、さまざまな人生での波乱を経験した後、世界最強国の大統領に就任することになったわけだ。
一方、トランプ氏は「絶対負けてはならない」と言い続けてきた父親の遺訓を最後まで死守するために奮闘したが、自身の支持者の騒動で結局、幕を閉じざるを得なくなった。4年後の起死回生を表明しているが、誰が4年後のトランプ氏の心の世界が分かるだろうか。多分、本人すら確かではないだろう。
先ず、トランプ氏について考えてみたい。同氏は選出当初からリベラルなメディアから大統領職への資格が問われ続けてきた。その理由の一端は不動産業界の世界からホワイトハウス入りした異端児だったこともあるが、やはりその言動に大きな理由があった。リベラルなメディアはトランプ氏に「大衆迎合政治家」というレッテルを貼りつけ、批判し、揶揄ってきた。エンターテーメントの世界を知っているトランプ氏は自身への批判や中傷も人気と受け取り、連日、ツイッターを通じてさまざまな発言を発信し、話題を提供することでメディアを喜ばせてきた。
トランプ氏を支持した米国人はラストベルト(Rust Belt、錆びた地帯)に代表される、グロバリゼ―ションについていけなくなった地域の労働者たちが多かった。彼らは「彼(トランプ氏)ならばなんとかしてくれるのではないか」といった希望を託した。トランプ氏が米国経済の景気の動向に神経を払ったのは当然だった。経済を回復し、米国を再びグレートにするという公約に拘った。回復途上の国民経済に中国武漢発の新型コロナウイルスが直撃し、トランプ氏の再選という夢を粉塵にしてしまったわけだ。
保守派有識者がトランプ氏を支持する第一の理由はその中国政策にある。世界最強を目指す中国の台頭に米国内の保守派は危機感を感じてきた。共産党政権の中国の躍進は米国ファーストをも脅かすぐらいになってきたからだ。そこでトランプ氏を掲げて、反中政策を推進していったわけだ。
ただし、トランプ氏には明確な中国共産党政権の脅威が理解されていたかは確かではない。ジョン・ボルトン氏(前米大統領補佐官・国家安全保障問題担当)らの回顧録を読む限りでは、保守派の反中政策と完全に一致していたとは言い切れない。北京が魅力的なオファーをすれば、トランプ氏のスタンスが180度豹変する恐れさえあったのではないか。幸い、トランプ氏は自身の再選チャンスを壊した中国政権への怒りもあって、その中国政策は現職中には変わらなかった(「ボルトン氏のトランプ評は正しいか」(2020年7月22日参考)。
トランプ氏は生来、ナルシストだ。反中政策を支持する保守層の支持を自身への支持と勘違いしてきた。7400万人以上の票を獲得したが、その投票動機はトランプ氏支持というより、難民受け入れを制限、米国民ファーストの経済対策、反中政策にあった。トランプ氏はその支持を最後まで自身への支持と受け取ってきた。ナルシストらしい“美しい誤解”が最後まで見られた。
一方、バイデン氏には常にオバマ前大統領の影が付きまとう。仕方がないだろう、8年間、オバマ政権下で副大統領を務めてきたからだ。その結果、バイデン氏には自身の政治カラーがなく、米国初の黒人大統領オバマ氏の国民的人気の影にあって存在感は薄かった。しかし、46代米大統領に選出された現在、同氏は彼の政治理念を発揮できるチャンスを得たのだ。
そのバイデン氏は、次期政権の側近にオバマ政権時代の人材を多数登用し、「バイデン次期政権は第3次オバマ政権」と既にメディアで揶揄されている。大統領戦の最後のトランプ氏との正面討論では、トランプ氏から「あなたは8年間、オバマ氏の下で副大統領だった。その8年間であなたは自身の政治理念を実行できる十分な時間があったはずだ」と指摘された時、「自分は副大統領だったから…」と弁明するのが精一杯だった。すなわち、トランプ氏から「あなたは何を過去、実行してきたか」と問われたわけだ。
“苦労人”バイデン氏にも幸福の女神が笑顔を見せてきた。下院だけではなく、上院でも民主党は過半数を獲得できた。米南部ジョージア州で5日、上院(定数100)の残る2議席をめぐる決選投票が行われ、2人の民主党候補者が勝利し、上院での勢力は50対50となり、カマラ・ハリス次期副大統領の票を入れれば、民主党は過半数を獲得できるため、ねじれ現象を回避できる。バイデン次期政権は共和党の拒否権を恐れる必要がなくなったわけだ。
ただし、バイデン氏にはグッド・ニュースだが、大喜びばかりしておれない。「上院の反対で私の政策は実行できなかった」と国民に弁解できなくなったからだ。バイデン氏は腹を決めて取り組まなければならなくなった。オバマ氏のように「共和党の反対があって」と言う弁解はもはや通用できなくなったのだ。
現在78歳のバイデン氏は任期中に80歳の誕生日を迎える高齢者大統領だ。大統領選中には認知症の初期症状が見られるといった声も聞かれた。健康問題がバイデン氏には付きまとう。そこでアドバイスだ。バイデン氏は再選を狙うといった野望を早々と捨てることだ。すなわち「私には4年間の時間しかない」という決意のもとに日々の政策に取り組んでいくならば、高齢者大統領には大きなメリットとなるからだ。再選を考えず、1期目の4年間に過去の政治生活で培った全ての経験、知識を投入すれば、米大統領史にその名を残す名大統領となる可能性がある。再選が気になる若い大統領には期待できない高齢者大統領の強みだ。
懸念材料は、バイデン氏の周辺には、中国共産党と密接なビジネス関係を有する身内やハリス次期副大統領の夫がいる点だ。バイデン氏は政権を始める前にその点、明確にしておくべきだ。豊富な外交経験を有するバイデン氏だからそれは杞憂かもしれないが、中国共産党の魔の手はバイデン氏周辺にまで既に入り込んでいるのだ(「バイデン・ハリス組の『中国人脈』」2020年9月11日参考)。
旧約聖書のヨブは、最初は家族、家畜など全てを失っていくが、神への信仰は変わらず、最後は神の祝福を再び得る。苦労人バイデン氏の大統領時代がそのような歩みであることを願う。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月9日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。