オーストリアで新しい労働大臣が就任した。オーストリア経済の「高等研究所」(IHS)所長のマーティン・コッハー氏(Martin Kocher )は11日、連邦大統領府でファン・デア・ベレン大統領から任命書を受け取った。新労相(47)は新型コロナウイルスの感染拡大と2回に渡るロックダウン(都市封鎖)による国民経済の停滞、戦後最多の失業者を抱えた同国の雇用市場の改善に乗り出す。
国民党と「緑の党」で構成されたクルツ連立政権下で、国民党出身の閣僚交代は初めて。前任のクリスティーネ・アッシュバッハー労働・家族・青年相は9日、大学時代の修士論文の盗用容疑が追及され、「家族を守るために」辞任を表明した。
新労相の最大の課題はコロナ禍の国民経済の回復だ。特に、戦後最多の失業者対策である。同相は「目標は完全雇用の実現だ」と国営放送の夜のニュース番組で語っている。実現の有無は別として新しい課題に燃えているわけだ。
コッハー新労相(無党派)は9日夜、クルツ首相から電話で労相就任を打診された際、「自分は国民党党員でもない。中立の立場だ、だから国民党の路線と常に一致するとは限らない。自分の活動に制限を受けることは良しとしない。政府の難民政策には言及する考えはない。雇用市場の改善に邁進したい」と述べたという。
オーストリアの雇用市場は目下、1945年以来、最悪の状況だ。新労相は、「重要な点は新しい雇用開発だ。そのためにコロナ禍で最も被害を受けている労働市場と、そうではない雇用状況を先ず掌握しなければならない。具体的には、ポスト・ロックダウンの飲酒業、観光業、営業分野の再活性化だ」という。
同国では昨年末現在、52万1000人が失業中だ。前年同期比でほぼ28%増だ。戦後最高値は昨年4月の58万8000人で、最大の被害を受けた業種は観光業と運輸業だ。同時に、昨年12月末現在、時短労働(Kurzarbeit)者数は41万7000人。同相は2月初めには時短労働に対するコンセプトを提示したいという。
コロナ禍の時短労働期限は3月末で終わることになっている。ソーシャル・パートナーは時短労働の延長を要求している。アッシュバッハー前労相は今月、時短労働期限を3月以降も延長する考え表明し、2月に新しいコンセプトを提示することになっていた。
新労相はIHS所長時代の昨年夏、第1次ロックダウン後、時短労働の促進には消極的で、工業産業分野とサービス業(観光業、飲食業、イベント業界など)の間で時短労働の異なった対応が必要だと主張してきた経緯がある。
また、今年3月に施行予定の「ホームオフィス規約」については、同相は「優先テーマだ」と強調。しかし、前任者は昨年末、社会パートナーとの会合ではまだ合意に至っていない。昨年第3四半期まで約70万人がホームオフィスに従事、その数は全体の約20%に相当する。
新労相にとって長期失業者対策は難題だろう。昨年末現在で長期失業者数は13万7000人で、前年同比で37・3%増。今後も増加が予想されている。野党の社会民主党は一時的な失業手当の増額ではなく、通常の増額を要求している。経済界では「専門労働者の不足も深刻」という声が聞かれる、といった具合だ。
なお、同国の著名な政治学者ペーター・フィリッツマイアー教授はオーストリア国営放送のインタビューの中で、新労相の就任について、「新閣僚を評価する際、3点から判断する。一つはその職務能力だ。新労相の能力を疑う人はいないだろう。2番目は組織力だ。労働省はIHSではない。労働省内での組織掌握力は不明だ。3番目は情報発信力だ。新労相は過去、メディアに頻繁に登場してきた著名な経済専門家だ。その点は問題ない」と指摘している。
新労相はIHS所長時代、毎年国民経済の予測を公表してきた。経済理論では多くの海外大学や研究機関で学んできた専門家だ。理論面では十分武装化された大学教授だ。2020年6月からオーストリアの財政評議会の会長を務めている。政治は具体的な成果が問われる。新型コロナ感染のロックダウン禍の国民経済を鼓舞し、厳しい雇用市場を再活性化させなければならない。如何なる優秀な経済学者でも難しい課題だ。
ザルツブルク出身の47歳の気鋭の経済学者(行動経済学専門)が労相として雇用市場を活性化できるか、「理論と実践は全く別の世界」という現実を改めて追認することになるか、新労相の活躍が注目されるわけだ。ちなみに、野党の極右政党「自由党」ヘルベルト・キックル院内総務はコッハー新労相を「リベラルな経済理論家」として警戒している。
自身もマルクス経済学教授だったファン・デア・ベレン大統領は、「コッハー氏のアカデミックなキャリアは驚くべきものだ。その専門知識は非常に深い。国民経済、雇用市場は厳しい。社会の分裂を防がなければならない。そのためには耐久性、スタミナ、タフな気質が求められる」と指摘し、マラソンと山登りが趣味のコッハー氏の健闘に期待を寄せている。
編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月13日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。