コロナ不安を増幅する首相のプレゼン力の不足

重大局面で訴える力を

新型コロナ感染抑止を目指す緊急事態宣言の対象地域がどんどん広がっています。菅政権の迷走ぶりがコロナ不安を煽っています。政策の迷走だけでなく、記者会見などの際のプレゼンテーション力(情報伝達力)の不足が目立ち、政権の強い意志が国民に伝わってきません。

首相官邸HPより

13日の記者会見でも、視線に落ち着きがなく、発言のほとんどで机上のメモを読み上げる。不快そうに質問者をじろりと見つめる。日本の経済社会にとって重大な岐路なのに、首相の危機感が伝わってきませんでした。

スピーチに使うプロンプター(透明な文字盤)などを用意し、正面を向き、視聴者に直接、訴えるような所作をなぜしなかったのか。支持者を煽ることにかけては希代のアジテーター、トランプ米大統領でさえ、スピーチの時にはプロンプターを使っているようです。

プロンプターは手段であり、的確な政策や充実した発言内容が基本であることはいうまでもありません。たとえ手段であっても、プロンプターの使用を助言するような側近はいないのでしょうか。

もう一つ、菅首相は今もスピーチライターを置いていないのでしょうか。首相の所信表明演説(昨年10月)は個別政策の羅列で終始していました。当時の記事に「スピーチライターは置かず、官房副長官(官僚)が各省からの報告を集めて作成した」と、ありました。

緊急事態宣言の対象を11都道府県に拡大する重大局面にあたって、国民に強く協力を訴えかけるスピーチ力が必要でした。迫力に満ちた欧米の首脳に比べ、首相のプレゼン力は淡々とし、劣っています。プレゼンの専門家の指導を受けたらどうでしょうか。

来月には、バイデン米大統領との首脳会談があります。会談後には、記者会見が待っています。国際的に通用する発信力が必要です。ぼそぼそした仕草は国内では通用しても、海外では失望を買う。国内におけるように質問を事前に提出させ、答えを準備しておく手も使えません。

「首都圏4都道府県への発令からわずか6日で11都道府県に拡大。慎重姿勢が一転」「先行する知事らに押し切られた」「逆に乗り気でなかった福岡は官邸主導で対象に繰り入れるなどちぐはぐ」「対象からもれた熊本は独自の宣言をする」。国と地方がばらばら、かつ迷走状態です。

二階自民党幹事長の圧力を受けたか、「GoToトラベル」の継続にこだわった末、中止に追い込まれました。「一度決めたらぶれない」が首相の信条といいます。未知のウイルスは変幻自在ですから、自分の信条にこだわっていられる相手ではありません。

こうした時こそ、国のリーダーとして、訴求力のある発言が必要なのです。案の定、週刊誌は「菅官邸は崩壊。言葉なき宰相」「菅さんがおかしい。二階(自民党幹事長)も逃げ始めた」と、散々な評価です。

首相の会見相手の内閣記者会にも問題があります。ほどんどが政治部記者です。コロナ危機は社会、経済、政治と多くの分野に影響が及ぶ。政治記者以外に、医療記者、科学記者などを加えるべきでした。

会見ではありきたりの質問ばかりでした。「欧州では感染爆発が起きている。感染者や死者が何十分の1の日本で医療崩壊が騒がれ、欧州ではそうなっていないのなぜか」といった肝心の質問もありません。

重篤患者に対応する急性期機能を備えた全国4200病院のうち、コロナ対応ができるのは公立病院の7割、公的病院の8割で、民間病院は2割だそうです。日本の病院数は民間経営が全体の7割にも達するのに、コロナ対応を嫌っている。これも医療崩壊の一因になります。

コロナ患者を診る基幹病院を決め、他の施設から医師や看護師を集中させる必要もあります。こうした指摘を医療記者らが書いています。会見にかれらも参加し、医療・病院行政の構造的な問題を取り上げてほしかった。

首相は「医療法や感染症法の改正についても、検討する」と、短くコメントしました。新型コロナ感染症を指定感染症2類の扱いから5類に引き下げ、「無症者への入院勧告、対象者に対する外出自粛要請などをなくすべきだ」との指摘も聞かれます。

コロナ対策を有効にするには、非常事態宣言ばかりでなく、医療法、感染症法の改正が不可欠です。コロナ感染が発生して、1年になろうとするのに、日本の法整備は手つかずできました。記者らは、そこを突くべきでした。首相のプレゼン力が劣るのは、記者らの質問力が弱い結果でもあります。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2021年1月14日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。