広島が大規模PCR検査実施へ:”世田谷モデル”の失敗を繰り返してしまうのか

椋木 太一

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新型コロナウイルスの感染拡大防止策として、広島県は、広島市民ら最大80万人にPCR検査を行うことを決めました。

これは、同県による新型コロナウイルス集中対策期間が1月17日に期限を迎えるのを前に、「第2次集中期間」として2月7日まで延長することに合わせた施策です。感染者の多い同市でPCR検査を大規模に行うことで感染者を早期に補足し、新規感染者を減少させるのが狙いです。

報道等によると、対象者は、広島市の行政区8区のうち、中区、南区、東区、西区の在住者ならびに就業者で、希望者が無料で検査を受けられます。

この施策について、いくつか問題点を指摘します。

「医療崩壊」の恐れ

第一に、「医療崩壊」を招く可能性があります。PCR検査後の流れは、陽性反応が出たら、「患者」として扱われ、無症状なら自宅待機、有症なら段階に応じて入院先を調整します。

広島市の医療体制の現状ですが、PCR検査等、昨年1月30日から今年1月14日までの新規検査数は26628件で、うち陽性数が2917件、陽性率は10.9%です。県は最大80万人が検査を受けると見込んでいますので、8万人の「患者」(陽性者)が出る計算です。これらの数字は、濃厚接触者らを対象にしたPCR検査を基にしたものなので、検査希望者を含めた場合の陽性率はこの通りにならないとは思いますが、膨大な「患者」が現れることは想像に難くありません。

現在、広島市の医療体制はひっ迫しており、20%近くの患者が自宅待機等となっています。この先、大幅に増えるであろう「患者」を受け入れる余裕があるとは思えません。これほど大規模な検査をするつもりならば、まずは、万全の医療体制を整えておく必要があります。しかし、残念ながら、県からはそのような情報は伝わってきません。

ここまでは入院患者の話をしてきましたが、無症状の「患者」の対応にも膨大な人的資源や時間を割かなくてはなりません。無症状だから自宅でゆっくりさせて、時間が経ったら「はい、終わり」というわけにはいかないのです。それこそ、広島市の保健所や担当部局が日々、電話等により健康観察をしなくてはなりません。限られた人員でこれらの業務をこなすのは現実的ではありませんし、他の業務に支障をきたす恐れが出てきます。

また、会社を休まざるを得ない「患者」が多く出てきて、経済活動の停滞に拍車がかかります。家事や育児、介護の担い手を欠き、日常生活にも支障をきたすケースも出てくるでしょう。無症状とはいえども、社会的損失は計り知れないのです。

感染抑止効果に対する疑念

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次に、感染抑止効果に対する疑念です。「いつでも、だれでも、何度でも」の触れ込みでPCR検査を拡充した東京・世田谷区の「世田谷モデル」も、大規模な検査を早期発見や治療につなげ、感染拡大を抑えようとしたものでした。これは、保坂展人区長の肝いり施策ですが、同区で感染を抑え込んだという話は聞こえてきません。広島県の施策は「世田谷モデル」と似た趣旨のものであり、一抹の不安がよぎるのです。

対象エリアが広島市の一部となっていますが、ここには、マツダの本社がある「府中町」が飛び地として存在します。府中町民は対象外ですが、広島市を行き来することになります。つまり、感染のリスクを背負っているわけです。また、広島市に隣接する廿日市市や東広島市、安芸高田市等の人たちは、広島市との行き来きが活発です。府中町民と同様のリスクを負っているわけで、こうした地理的な要素を外して広島市だけを対象にしても、実効性が上がると思えないのです。

今後、広島市全域が国の緊急事態宣言に準じる対策を取る地域となるわけですが、同市内でありながら<格差>があることは、感染拡大防止対策として大事な部分を欠いていると言わざるをえません。また、検査が無料ということは、公金が投入されるわけですから、同じ広島市民でありながら住む地域によって行政サービスが受けられる市民と受けられない市民が存在することは、税の公平性の観点から望ましいものではありません。この点について、私は安佐南区選出の市議でありながら、「どうして安佐南区はエリア外なのか?」というお問い合わせに対する答えを見つけることができません。

決定プロセスの問題

最後に、この施策が決まったプロセスの問題点です。大規模なPCR検査を広島市の一部で行うということは、広島市はいわば当事者と言えます。ところが、広島市は脇役どころか、「蚊帳の外」と言っても差し支えない立場に追いやられています。市の関係者からは、「県知事のアピールに広島市を利用しないでもらいたい」という困惑の声も漏れ聞こえてきました。

これは、感染症対策における医療体制の構築等について、法律上、県に権限があるということに原因があります。県が<司令塔>で、情報収集などの<現場業務>が市町村の役目となっているのです。人口120万人を数える政令指定都市が独自に施策を打てないことは、市民の生命・財産を守る上で大きなリスクと言えます。このことは、広島市のみならず、他の政令市も抱えている長年の問題だと思います。何より、「国―県―市」という構造は、行政の機動性を失わせてしまいます。新型コロナウイルスという有事では、迅速・的確な施策が求められます。感染症は新型コロナウイルスだけではありません。だからこそ、「国―政令市」という構造に変化させなくてはならないのです。