「新しい地図」とGAFA:改めて考える芸能界における「圧力」問題と独占禁止法

2021年01月16日 06:01

新しい地図」公式サイトより

1月15日の「文春オンライン」で前の公正取引委員会委員長の杉本和行氏のインタビューが掲載された。大きく分けて、芸能界における「圧力」問題への独占禁止法の適用(杉本和行元公取委員長インタビュー#1:元SMAPの3人めぐって…公正取引委員会がジャニーズ事務所を「注意」した真意とは)と、いわゆる「GAFA」と呼ばれるデジタル・プラットフォーマーに対する独占禁止法の適用(杉本和行元公取委員長インタビュー#2:「『公務員のデジタル人材調達は難しい』GAFA時代の競争、日本はどう規制すべきなのか)についてのものだ。

筆者はこれまで、何度となくこれらの問題について論じてきた(「テレビ局が芸能事務所に忖度する事情:独禁法違反の境界線」「デジタル・プラットフォーマー規制:独占禁止法の問題とそれ以外の問題」等)が、これらに関わった前公正取引委員長のある程度突っ込んだ発言があったことから、改めて論じることとしたい。今回は前者の問題、すなわち芸能界における「圧力」問題への独占禁止法の適用のあり方について取り上げることとする。

ジャニーズ事務所は「新しい地図」の3人を出演させないようにテレビ局に圧力をかけたのか、そして公正取引委員会はどのような事実をどう評価したのか。杉本氏の発言はこうだ。

ジャニーズ事務所がテレビ局に対し、退所した3人のメンバーを出演させないよう圧力をかけた場合は独占禁止法に触れるおそれがありますよ、という注意処分でした。これは公取が芸能プロダクション側、テレビ局側の双方を調査して、独禁法違反とするまでの確定した証拠までは得られなかったが、いろんなことを総合すると独禁法違反につながり得る行為があると判断した結果です。

 何とも中途半端な言い方だ。そもそも「注意」という措置自体が曖昧な性格のものなのだが、「圧力をかけた場合は独占禁止法に触れるおそれがありますよ」というのだから「圧力をかけた」事実は確認されなかった、ということのようだ。そうであるならば、ジャニーズ事務所の言い分通り、圧力の事実それ自体は(公正取引委員会には認められ)なかったということになる。

「独禁法違反とするまでの確定した証拠までは得られなかったが、いろんなことを総合すると独禁法違反につながり得る行為がある」ともいう。「違反自体は存在すると考えられるが、立件するだけの証拠がなかった」といいたげのようだ。

しかし、違反の証拠が得られなかったのと、将来そういう違反行為につながり得る行為、状況があることには距離がある。現時点でブラックなのか、グレーなのか、現時点ではホワイトだが将来ブラックに発展する恐れがあるのは意味が異なる。「注意」は3番目のものである。多くのコメンテーターは前2者の中間であるかのように論じるが、杉本氏の言い様は後2者の中間であるかのようだ。本音は2番目の「警告」を発したかったのかもしれない。

ではどのような規制の違反なのか。杉本前委員長は次の通り述べる。

「優越的地位の濫用」のおそれがあるからですね。例えばの話ですが「脱退したメンバーを番組に出演させたら、もうあなたの局には所属タレントを出しませんよ」と事務所が圧力をかけたとすると、事務所を独立した芸能人の方は自由な活動ができなくなります。これはマーケットパワーの強い事務所が、新規参入の事務所、あるいは個人の活動を制限する行為ですよね。

私的独占規制違反のようなものの言い方だ。優越的地位濫用規制の特徴は、マーケット全体におけるパワーではなく、個別的な取引関係における交渉力の優劣を利用して相手に不利益な条件を飲ませるタイプの規制で、規制側から見れば「使い勝手の良い」類型だ。マーケットパワーは個別的な取引関係における優越的地位の源泉にもなるので、話に矛盾はないが、どちらかというとライバル排除の規制類型(私的独占規制でなければ不公正な取引方法中の取引妨害規制等)の方がしっくりくる。

metamorworks/iStock

公正取引委員会はデジタル・プラットフォーマー規制でもこの優越的地位濫用規制を駆使しようという傾向が見られる。芸能界を含む人材競争の世界でも今後大いに活用されるだろう。しかし、優越的地位濫用規制にはその存在自体に批判的な立場の論者も多いということを忘れてはならない。

取引関係上、力の優劣があるのは当然であり、この規制の使い方次第では「力の格差」それ自体を否定することになりかねない。それは競争自体を否定する結果を招きかねない。戦後間もない頃、自由主義の批判者とその同調者(決してマルクス主義者とまではいえない人々も含めて)が、この種の「競争志向」ではなく「平等志向」の独占禁止法を熱烈に支持したという事実は、独占禁止法の歴史の一部として理解しておくべきだ。

独占禁止法の母国であるアメリカでも今、その反トラスト法のアイデンティーが揺らいでいるという。効率性を高めることでますます支配的になるデジタル・プラットフォーマーを前に、従来の反トラスト法の哲学ではその支配を止めることができないという危惧があるからだ。だから反トラスト法の初期の発想に戻って私的経済権力自体との戦いをすべきだ、という考えが支持を集めつつある。資本主義自体のあり方自体が根本から問われつつある新しい世紀を先取りしているのが、もしかしたら日本の優越的地位濫用規制なのかもしれない。

「新しい地図」で注目を浴びた独占禁止法であるが、優越的地位濫用規制は独占禁止法の歴史の初期の段階から存在する、歴史的にはずいぶんと「古い地図」なのである。

杉本氏は公正取引委員会の注意によって「タレントの方、俳優の方などが不当に活動を制約されない環境が、テレビ、芸能をめぐる世界で整備された」と自画自賛する。普通に考えて、今後大手事務所は露骨な圧力をかけなくなるだろう。ただ、その代わりライバルを採用する取引相手には自社の有力なタレントを良い条件では出さなくなるだろう。その理由は「お得意さんではないから」だ。

しかし、自由市場の観点からはそれは健全な手続きだ。大手事務所だからといって全方位で契約をしなければならない義務はない。その事務所の今後排出される人気タレントを長く使い続ける期待を取るのか、その時点で使いたいタレントを使うのかはテレビ局の自由だ。「契約の自由」にどこまで踏み込めるかだが、独占禁止法にそこまでの介入を期待しない方がよい。だから競争に悪影響を与えるかどうかがポイントとなるのであるが、優越的地位濫用規制はこの観点からの基盤が弱い。競争の手続きを破壊する拒絶とそうでない拒絶とでは重みが違う。

争われやすい「処分」ではなく、「注意」のような形での「問題喚起」は規制側からは有効なのかもしれないが(そもそも注意は公表を前提としていないので問題喚起の手段としては実は疑問がある)、そのような思惑が公正取引委員会にあったとするならば、法の適用は厳格であるべきという観点からはむしろ非常に危ういことをしているのではないか、と筆者には感じられる。

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上智大学法学部国際関係法学科教授

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