オーストリア国民は今、「希望」を必要としている

オーストリア政府は17日、日曜日午前11時(現地時間)、新型コロナウイルス感染防止のためのロックダウン(都市封鎖)を来月7日まで延長すると発表した。クルツ政府は新型コロナ対策では定期的に記者会見を開き、国民に現状と見通しを明らかにしてきた。野党からは「政府はコロナ対策では計画性が全くない」と酷評されてきたが、仕方がないことかもしれない。クルツ政権だけではない。ドイツやフランスなど他の欧州諸国でもコロナ対策で長期の観点から予測し、対応できる政府は残念ながらない。

▲クルツ首相(中央)、ロックダウン期限の延期発表(2021年1月17日、オーストリア連邦政府公式サイトから)

17日の記者会見はこれまでとは少し変わっていた。ロックダウンの延長というバッド・ニュースを発表する場だったが、「希望」が浮かび上がってきたのだ。その理由は、クルツ首相、アンショーバー保健相の報告には深刻な現状に対しても必死に希望を見出そうと努力する政治家の姿があったからだ。

多くの国民はコロナ禍の中でも何らかの希望を求めている。政治家はその国民の願いに何とかして応えたいと努力するものだ。17日の記者会見は、「希望があれば人は厳しい状況下でも耐えていくことができるが、希望がなければ、小さな困難にも耐えられなくなる。幸い、希望が視野に入ってきた」といった印象を与えるものだった。これは政治家の恣意的な世論操作ではない。

クルツ首相は17日、ロックダウンを2月7日まで3週間延長するとともに、追加規制を明らかにした。首相は延長の理由として、①新規感染者数が依然高いこと、人口10万人に対して過去7日間の新規感染者数は目標の50人から程遠いこと(17日午後2時現在128人)、②感染力が強い英国発のウイルス変異種(B1.1.7)の拡散の2点を挙げ、「感染防止のためにはロックダウンを延長することが必要となった」と説明した。

追加規制としては、ソーシャルデスタンスを従来の1mから2mに広げ、今月25日からスーパーなどの店舗や地下鉄やバス、公共機関の利用の際には92%の感染防止力のあるFFP2マスク着用の義務化、そしてホームオフィスの促進だ。2月8日からは厳しい規制の下、営業活動は再開し、学校は2月8日と15日から新学期を始める(州によって1週間のズレがある)。博物館も再開。一方、ホテルや飲食業は2月中は引き続き閉鎖。2月中旬に感染状況を検証していつ再開するかを決めるということになった。

クルツ首相は、「ワクチン接種を広げ、今年4月、遅くとも5月には正常な日常生活ができるだろう」と強調。アンショーバー保健相は「現状はB1.1.7の拡大で厳しいが、ワクチン接種が広がり、これからは気候も暖かくなることで、ウイルスにとっては厳しくなる、われわれは次第にウイルス感染から解放される」と説明し、「マラソンではゴール前10kmが最も厳しい。現状はそのような時に直面しているが、我々の前には希望が見えてきた」と指摘。ワクチン接種では「65歳以上の国民へのワクチン接種を4月末までに完了すれば、医療機関への負担は軽減する」と述べ、ワクチン接種の拡大に希望を託した。

記者会見にはウィーン医科大学副学長のヴァーグナー教授も参加し、「我々が接種するワクチンは驚くべきものだ。副作用の心配はなく、ウイルスを退治できる」と指摘、国民が受ける有効性が90%以上といわれる米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬品企業ビオンテックが共同開発したワクチン(BNT162b2)についても、「ワクチンがこのように早期製造できたことは驚くべき成果だ」と述べていた。

記者会見を国営放送の中継からフォローしていた当方は、「クルツ政権はロックダウン期限の延長という厳しい報告の中でも必死に希望を国民に提供しようと腐心しているな」と感じ、「政治家は大変な仕事だ」と改めて感じざるを得なかった。

ウィーンでは16日、約1万人のコロナ規制反対デモが開かれた。「クルツ政権は退陣せよ」と書いたプラカードを掲げながら、マスクなして叫ぶデモ参加者を見ながら、「彼らは何を考えているのだろうか。マスクなしで密集すれば、ウイルスの感染の危険は高まる。自分だけではない。周辺の人にウイルスを感染させる」と感じ、その無責任な言動に怒りさえ感じた。彼らはコロナ禍前の日常生活に戻ることを希望する一方、新型コロナウイルスの恐ろしさを軽視している。彼らの中にはコロナ感染をディープステート(影の政府)の工作と陰謀論を唱えたりする者もいる。必死に現実から目を逸らそうと腐心しているわけだ。

多くの国民はコロナ規制で疲れている。高齢者だけではなく、若い世代も同じだろう。そのような状況下で現実を冷静に見つめ、現在できる最善の対策を実施していく以外に他の選択肢はない。このコラムでも何度も書いたが「新型コロナに対して正しく恐れる」(オックスフォード大学元熱帯医学教授、現在イギリスに本拠地を持つ医学研究支援等を目的とする公益信託団体「ウェルカム・トラスト」所長のジェレミー・ファ―ラー氏)必要がある。コロナ禍の現在、正しい現実認識の下に希望を捨てることなく生きて行くことが大切だろう。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月19日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。