米国に願われる「ウインウイン思考」

2021年01月22日 14:00

ワシントンで20日挙行されたバイデン新大統領の就任式をTV中継でフォローした。トランプ前大統領の時もそうだったが、新大統領は就任式に自宅から聖書を持参し、その上に手を置いて宣誓式に臨んでいた。教会の礼拝に持参できないぐらい大きく、分厚い聖書には驚いた。多分、由緒ある聖書なのだろう。

▲聖書の上に手を乗せて宣誓するバイデン新大統領(2021年1月20日、オーストリア国営放送の中継から)

▲聖書の上に手を乗せて宣誓するバイデン新大統領(2021年1月20日、オーストリア国営放送の中継から)

新大統領の就任演説はバイデン氏が「口の人」ではないことを改めて明らかにした。内容ではない。その語りっぷりだ。CNNはバイデン氏の演説中、貴賓ゲスト席にいたクリントン元大統領が居眠りをしていたところを映し出していた。

オバマ氏も同様で、目をつぶり自分の副大統領だったバイデン氏の演説に耳を傾けていたが、意識を失っていった。カメラが自分に向かっていると直感したのか、目を開いた。CNNはその瞬間を撮っていた。

両元大統領は現職時代、演説のうまさで定評があった。その両元大統領にとって、就任したばかりの新大統領の演説が余りにも単調で、繰り返しが多く、メリハリのないものだったので、ついつい睡魔に襲われたのだろう。スリーピング・ジョーといわれ、その演説の退屈さはワシントンの政界ではよく知られているが、それを就任初日から裏付けることになったわけだ。

演説内容は、民主主義の称賛と二分化した米国社会の結束を訴えるものであり、「自分は全ての米国民の大統領となる」という決意表明だった。当方は居眠りせずに最後まで聞いたが、バイデン氏に名演説を期待することは間違っていることが良く分かった。

コラムのテーマに入る。米国社会は英雄と勝利者を称える社会だ。同時に、その社会は勝者と敗者を生み出す。ワイルド資本主義社会の米国ではアメリカンドリームを実現するために多くの人々が努力するが、頂点に辿り着く人は限られている。

昨年11月3日に実施された米大統領選でも同じだった。トランプ前大統領は父親に言われたように「絶対に敗北を甘受するな」という言葉を忠実に守って、選挙の不正集計問題を取り上げて最後まで抵抗した。トランプ前大統領の父親は米国社会では敗者が如何に惨めかを体験していたのだろう。

大統領選が終わると、ワシントンでは住民の入れ替わりが見られる。今回の場合、米共和党関係者はワシントンから引っ越しし、米民主党関係者がワシントンに移転してくる。勝者と敗者の入れ替わりだ。民主党と共和党は過去、大統領選毎、同じ風景を繰返してきた。ワシントンには長くて8年間、短ければ4年で住民の入れ替わりが行われる。

米国の選挙システムは勝者と敗者をより鮮明にする。勝利すれば、その州に割り与えられた選挙人全てを獲得し、敗者は健闘しても全てを失う。勝者を愛し、敗者に冷たいシステムだ。そのシステムから毎回、新しい米大統領が生まれてくる。

バイデン氏は「全ての米国民の大統領になる」と表明し、勝者だけではなく、敗者の大統領にもなるという。どの新大統領もよく語る言葉だ。しかし、その実現性はどうだろうか。米国社会自体が勝者と敗者を明確にする。選挙システムだけではなく、経済システムも勝者と敗者を分けていく。どの国でも程度の差こそあれ、同じかもしれないが、米国の場合、非情なまでその区別が鮮明なのだ。

バイデン氏は20日、就任直後、トランプ前政権が決定していた世界保健機関(WHO)の脱退手続きを取り下げる大統領令に署名している。それだけではない。トランプ政権は2017年8月4日、地球温暖化対策の国際的枠組み「パリ協定」を離脱し、18年5月8日には「イラン核合意」から離脱したが、バイデン氏はそれらの撤回を表明している。大統領が変われば、その度、多国間協定が変わるという異常状況が生まれている。

冷戦時代、西側民主主義陣営と共産主義陣営に分裂し、レーガン米大統領(在職1981~89年)はその分裂を「善と悪の戦い」と評した。そして冷戦は前者の勝利となった。ゴルバチョフソ連大統領(当時)は後日、「米国が勝利したことは間違いないが、その後、米国は敗者への配慮に欠き、傲慢になった」と批判したことを思い出す。米国には久しく勝者と敗者の間には深い溝があり、両者の融和は決して容易ではない。

米国が戦争に巻き込まれない限り、米社会を結束させることは難しい。バイデン氏はカトリック信者だが、米教会もバイデン氏を支持する派と反対する派に分かれている。バイデン氏の足元の教会が分裂している時、米国社会の結束といわれてもその実現性は限りなく非現実的なわけだ。

米国社会の「勝者・敗者の思考」を変える時を迎えている。具体的には、ウインウイン社会に変えることだ。勝者が敗者社会に埋没すれば、社会主義に落ち込み、社会の活力を失う危険が出てくる。しかし、ウインウイン社会では双方が発展し、成長できる。

オーストラリアのメルボルン出身の哲学者、ピーター・シンガー氏は相手を助けることは最終的には自分を助けることにもなる、という効率的な「利他主義」(独Altruismus) を主張している。シンガー氏が主張する“効率的な利他主義者”は理性を通じて、「利他的であることが自身の幸福を増幅する」と知っている人々だ。相手のために生きることが自分のためになるという絶対的確信があるからだ。宇宙全ては利他的に運営されていることを理解し、人間社会の発展でもその宇宙原理を実践することで、勝者と敗者、豊かな人と貧しい人、幸福な人と不幸な人の分裂を乗り越えていくわけだ(「利口ならば、人は利他的になる」2015年8月9日参考)。

その点、トランプ氏の米国ファーストは逆行していた。自国一国だけが幸せになるということは非現実的だ。中国発の新型コロナウイルスは大きなチャンスを与えている。全世界が同じ困難に直面し、苦しんでいるからだ、そのような状況はこれまでなかったことだ。同じ問題だから、相手側の事情が良く理解できる。その分、相互援助も実行しやすいわけだ。ウインウイン思考が定着できる環境が生まれてきているのだ。

人間関係、国家間の関係もウインウインでない限り、その関係は長続きしない。例えば、米国の軍事的支援が米国と相手国の相互の利益とならない限り、関係は長続きしない。外交世界に精通しているバイデン氏には「ウインウイン外交」を推進してほしい。同時に、米国国民は「勝者・敗者の思考」から脱皮し、「ウインウイン思考」にグレート・リセットすべきだ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月22日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。

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