ウィーンに原爆が投下されたらどうなる?オーストリア外務省作成ビデオに批判

当方はそのニュースを読んだ時、正直言って理解に苦しんだ。そのニュースは外電を通じて世界に流されて一定の反響があったという。そのニュースとは、オーストリア外務省が今月22日、ウィーン市の中心地シュテファン広場に原爆(核出力100kt)が投下されたらどんな影響を及ぼすかの仮想ビデオを作り、発表したという内容だ。

▲ウィ―ン市原爆投下ビデオ(オーストリア外務省作成)

▲原爆投下後の被害状況(オーストリア外務省作成)

「中国武漢発の新型コロナウイルスの感染で第2ロックダウン(都市封鎖)中のウィーン市民は英国発のウイルス変異種の感染拡大に怯えている。その時、ウィ―ン市に原爆投下されたならばといった仮定でビデオ作成するその神経が理解できない」といった反応が多く聞かれた。当方もそのように感じた一人だ。野党の社会民主党シューマン連邦議会議員は「ホラー・ビデオだ」と批判している。

コロナ禍で不安の日々を送っている市民に「原爆が投下されたならば」といった仮想に基づく画像を創り、市民を脅かす必要があったのだろうか。それも外務省が作成したのだ。「渡航禁止で外国を訪問する機会が少なくなり、ホーム・オフィスで時間を過ごす外務省高官が、ちょっとした遊び半分で考え出したアイデアではないか。それも公費を投入して画像が作成されたのだ。税金の無駄使いといわれても仕方がない」といった辛辣な批判の声も出ている。外務省が外部の専門会社に依頼して作らせたビデオの純製作費は4000ユーロ(約50万円)という。

ビデオが公表されて以来、シャレンベルク外相は弁明に追われている。外相曰く、「原爆の恐ろしさはリアルだ。それを理解してほしかった。決して扇動ビデオではない」と述べている。それにしても、「“仮想”に基づいて、原爆投下の“リアル”な怖さを伝えたい」という論理は少々無理がある。

ウィーンは30以上の国際機関の本部、事務局を有する国際都市だ。特に、ドナウ川沿いには国連都市と呼ばれる国連機関の建物がある。イランや北朝鮮の核問題でよく話題を呼ぶ国際原子力機関(IAEA)、包括的核実験禁止条約機関(CTBTO)、国連薬物犯罪事務局(UNODC)、そして中国人事務局長が率いる国連工業開発機関(UNIDO)などの拠点がある。オーストリア外務省は、「ウィーンはIAEAとCTBTOの本部を有する都市だ」とし、世界の核問題の中心拠点と宣伝してきた。そこで外務省高官の頭の中に「ウィーン市原爆投下」という発想が生まれてきたのかもしれない。

しかし、その発想は原爆投下の恐ろしさを観念的にしかとらえていないのではないか、という思いが湧く。原爆の恐ろしさをリアルに理解したい場合、原爆を投下された世界で唯一の被爆国日本の広島・長崎を訪問されたらいいだろう。原爆投下後、被爆の後遺症で苦しむ多くの人々が現在もいるのだ。世界最大の核実験所だった旧ソ連カザフスタンのセミバラチンスク核実験場と中国新疆ウイグル自治区のロプノール核実験所周辺では今なお白血病患者が増え、がん患者も多い。そこを視察すれば、原爆投下のリアルな怖さを感じることができる(「セミパラチンスキとロプノールの話」2019年6月17日参考)。

セミパラチンスクは核実験場で456回の核実験が行われた。具体的には、大気圏実験86回、地上実験30回、地下実験340回だ。最初の実験は1949年8月29日。最後の実験は1989年10月19日だ。新疆ウイグル自治区実験地のロプノールは、何年も雨が降らない砂漠だ。そこに広島の原爆の1300倍以上の規模の核爆弾が投下された。核実験により、19万人が死亡し、100万人が放射能で汚染被害を受けた。現地住民には白血病、がん、障害児が生まれる確率が異常に高いという。

CTBTOの情報によると、広島と長崎に原爆が投下されて以来、今日までに確認されただけでも2059回の核実験が行われた。米国1032回、旧ソ連715回、フランス210回、英国45回、中国45回、インド4回、パキスタン2回、北朝鮮6回(南アフリカとイスラエル両国の核実験が報告されているが、未確認)。

ところで、オーストリア外務省に中国共産党政権にロプノール核実験所の現地視察を申し込む勇気があるだろうか。世界保健機関(WHO)が新型コロナの発生地調査を要請してもそれが実現するまで大変だった。中国側から厳しい制裁を受けるかもしれない。

ビデオによると、ウィーン市に原爆が投下された場合、死者23万380人、負傷者50万4460人の犠牲が出るという。それに対し、先の社民党議員は、「コロナ禍でわが国は目下、53万5000人の失業者、46万人の時短労働者がいる。原爆投下で何人の死者が出るといった計算に時間を費やしている時ではないだろう」と最大の皮肉を込めて述べている。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年1月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。