介護施設クラスターは防げるのか:2軸で考える新型コロナ対策

2021年01月31日 06:00

新型コロナウイルス今、特殊な場所から持ち込まれる特別な感染症であった時期を過ぎ恒常的に社会に存在する「エンデミック」期に入っているそれはすなわち、水際対策だけで感染リスクを減らせる時期が過ぎた、ということだ。持ち込み感染リスクがゼロにならない中、特にリスクの高い介護やデイサービス等、人との接触を必須とするサービス業でのクラスターが相次いでいる。しかし具体的な対策については殆ど議論されていないのが現状だ。では、「人と接触する限り感染はコントロールできない」のだろうか。

byryo/iStock

2軸で考える感染リスク

ウイルスは細菌と異なり環境表面では増殖しないため感染コントロールの基本戦略は人と人との接触の低減にある介護・福祉などの現場で人との接触をゼロにすることは不可能であるため、介護現場で感染リスクはコントロールできない、と思われがちだでは、感染対策の目標を「感染をゼロにする」から「重症化リスクを可能な限り減らす」へと移行すればどうだろうか。

リスクをワンゼロではなくグラデーションとして考えた場合、重症化リスク低減の策には主に2つの軸がある。1つは個々人のリスク、もう1つは暴露量の多寡だ。図1に示す通り、この2軸を用いて感染対策の優先度の高さをマッピングすることができる。

縦軸の個人リスクについては高齢者や基礎疾患のある方高リスク、基礎疾患のない若者は低リスクであるが、そのリスクは明確な境界はなくグラデーションとなる年齢によるリスクは低減できないものの、我々はコロナ禍でも極力個人のリスクを下げるべく、基礎疾患の治療や栄養状態・身体活動性などの健康維持に努める必要がある。

一方で重症化リスクはウイルス暴露量に影響を受けることが知られており、人との接触におけるリスクもグラデーションとなる。屋外の散歩などは低リスク、職場は中リスク、そして介護や医療行為、感染者との同居は高リスクに入るだろう。つまり一律に外出を制限するのではなく、暴露量の多い接触に対し重点的な予防策を取る必要があるという事だ。

右上の領域、すなわちリスクの高い方が人と密接に接触する場所の代表が介護・福祉の現場だ。年代別の感染経路を示した東京都のデータ(2、下図)を見ても、80代以上の高齢者の半数以上が施設で感染しているという事が分かる

  

施設における感染対策のポイント

ではなぜ介護施設の予防策については、さほど人々の話題に上らないのか。それは多くの方がリスクをワンゼロで考えてしまうために「介護施設のコロナ予防は無理考えてしまっているからではないだろうか。

たしかに介護等の施設ではそのサービスの性質上利用者との予防距離を保つこと困難あるいは不可能である。また高齢者の新型コロナ感染においては典型的な症状を呈さない者も多く、感染の疑われる患者を完全に締め出す「水際作戦」難しい水際対策を強化しすぎれば、介護サービスを必要とする利用者やその家族が発熱や感染症状を隠蔽し、むしろ感染持ちこみリスクを上げる結果ともなりかねないだろう

このような環境下では、施設外からの感染持ち込みゼロを目指すことは現実的でなく、むしろ施設内に常に感染者がいることを前提とした上で、感染を「拡大させないこと」に重点を置くべきだと考えられる。

感染拡大防止のための防護箇所は大きく分けて以下の4点である(図3)。

  • スタッフ間感染予防
  • スタッフを介した利用者間伝播の予防
  • 患者―患者間伝播の予防
  • 環境除染

 

この4点の感染予防について解説する。

1.スタッフ間の感染予防

この感染経路は、ある程度感染症の知識のあるスタッフ同士であるだけに比較的予防が簡単である。しかし実際の現場では、現場を離れた安心感から生じる「バックヤード感染」は決して少なくない。これまでにも職場のロッカールームや休憩所などにおける職員間の感染事例が報告されている。

医療・福祉系施設において、患者―スタッフ間の感染予防には重点を置かれるが、職員間の感染予防はそれに比べ見落とされやすい。同じことは飲食店や他施設のバックヤードにも言えるだろう。スタッフは複数の施設に勤務する者も多いため、休憩室の消毒や換気・手洗い・対面での食事を控えるなどの対策を徹底することで、感染が他施設へ拡大するリスクも減らすことができる。

2.スタッフによる利用者間接触感染伝播の予防

施設内感染で最も避けなければいけない事態は、単なる利用者-スタッフ間の1対1感染ではなく、感染した患者のウイルスがスタッフを介して複数の患者に伝播する、利用者-スタッフ-利用者感染だ。この事態を避けるための策は、一般的なICTの徹底になる院内感染を経験した医師の話によれば、特に手袋・エプロンなどをこまめに交換しないこと、シンクや処置カート上で汚染物と非・汚染物が交差することによる感染伝播に注意が必要とのことである。

予防策の一つ一つはごく当たり前の事項だ。例えば患者1人のケアを終わるごと手指消毒を行い、手袋・エプロンを交換すること、汚物と清潔物の動線が交差しないこと、などである。しかしこれを全てのスタッフが遵守できるためには、これらの項目につき施設内に明示し、繰り返し確認するなどの環境整備が必要であろう。介護施設現場はこのような予防策を取るだけの物資の支援は充分でない、という問題もある。

3.利用者間伝播の予防

介護等の施設において利用者間で直接の伝播が起きるとすれば、レクレーションや食事など、多くの患者が集まる場所である。しかし実は介護施設における利用者同士の接触は必ずしも濃厚ではない。2.の対策を徹底しつつ距離を取るパーティションを用いる・極力マスクをする・発熱者を隔離するなどの対策によりある程度の予防効果が期待できる。

4.接触感染予防

施設における共用部位からの接触感染がどの程度発症するかについて、エビデンスは乏しい。ただしこの感染予防のために強力な消毒薬や空中噴霧等の特殊な除染は必要ない。これまでの研究から、新型コロナウイルスの環境除染は比較的簡単であることが分かっているからだ。

これまで新型コロナウイルスを失活させるためには70%アルコールでなければ意味がない、と言われてきた。しかし高濃度のアルコールは日用品として売られておらず、医療用アルコールは若干高いこと、引火性などの問題もある。このため次亜塩素酸水などが用いられることが多いようだ。しかし次亜塩素酸水は失活するまでの時間が短く、適切な使用をしなければ有効性が担保できず、「消毒をした」という安心感からむしろ感染リスクを上げることにもなりかねない。

一方最近の研究では、高濃度のアルコールがなくても「日用雑貨」で充分新型コロナウイルスが不活化することが分かってきている。北里大学で実際にSARS-CoV-2を用いて行われた研究によれば(3、下の表に示すような一般的な日用雑貨で十分な賦活化効果が得られ

アルコール濃度の低い日用雑貨で十分な不活化効果が得られる理由は、多くの日用品にはアルコールだけでなく、界面活性剤や塩化ベンザルコニウムなど、他の成分が含まれているからだと考えられる。つまりふき取り効果と複数の薬剤の相乗効果により、アルコール濃度が低くとも十分な不活化効果が得られるのだビデンスのはっきりしない高額な除染装置を購入するよりは、お年寄りが誤って触れたり口にしたりしても危険の少ない日用品でこまめに掃除をすることが重要だ

これは抗原検査などを使った「水際対策」などに比べれば圧倒的に安価かつ簡便に行えるため、これを徹底する価値はあるだろう。

多重防護

医療事故のスイスチーズモデルについては多くの方がご存じだろう。新型コロナの感染対策もまた、このモデルが適応できる。つまりマスクだけ、距離だけ、換気だけではゼロにならないリスクを「多重防護」を行うことにより低減させるという考え方だ

たとえば体温測定やPCR検査をどんなに頻回に行っても、感染の侵入を完全に防ぐことはできない。しかし皆が当たり前の感染対策を徹底することにより、少なくとも暴露量を減らすことができる。もしマスクを着けられない高齢者や幼児がいる場合には、手指消毒をする、ウェットシートでまめにテーブルや床を拭く、などの様々な防護策をこまめに行うことにより、一つの対策をすり抜けたウイルスを別の方法でブロックし、暴露量を低減することができるだろう(図4)。

まとめ

くり返しになるが、介護施設の感染対策はゼロにはならない。ウイルスの動向を予測し、実現可能な範囲で適切な予防策を行うことにより、重症化リスクを低減させることが可能である。なによりも、「家庭や施設に一旦感染が入ってしまったら予防は不可能だ」という諦念を一刻も早く払拭する必要がある。

参考文献

http://www.epiprev.it/materiali/suppl/2020_EP5-6S2/152-159_INT-Calisti.pdf

https://www.bousai.metro.tokyo.lg.jp/_res/projects/default_project/_page_/001/012/857/29kai/2021012104.pdf

https://www.kitasato-u.ac.jp/jp/news/20200417-03.html

日本環境衛生安全機構ガイドラインhttps://jehso.org/guideline09/

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東京慈恵会医科大学 臨床検査医学講座 講師

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