Clubhouseにみる、意識高い系という病、そして絶望


久々にYou Tubeチャンネルを更新。Clubhouseについて。詳細は動画を観て欲しい。

私たちは「ネットが社会を変える」という夢を四半世紀ほど見続けている。実際、それは間違いなく、社会や会社、私たちを変えてきた。良くも悪くも。

今回も熱狂の数だけ絶望が生まれている。

昨日、田中秀臣先生にもご指摘頂いたが。

招待されない問題。
Android見捨てる問題(いまのところは)。
つながりの数や深さが可視化されてしまう問題(しかも、招待した人まで)。

SNSとはそもそも、格差を可視化するツールである。残酷なことに。愛読している新聞、朝日、毎日、東京的にたまに登場する「つながりが社会をかえる」的な論があるが、そもそも救わなくてはいけない人は必ずしも「つながり」に入ることができず。

そして・・・。

発言できる人、できない人。
ROOMに人がこない人。
などなど、寂しい想いをするのだろうな。

ひそひそ話のダダ漏れ、会議室での罵倒、よくも悪くも内輪感の痛さなどという問題も今後、起こる。いや、もう起こり始めている?

ネトウヨ部屋、パヨク部屋などができたりして、ね。

意識高い系部屋はすでにいくつもできているが。
そこに殴り込んで、マイクをとって「目を覚ませよ!」と叫んだり、はしない。

まあ、クローズドな部屋で、何か深い知恵が共有されたり、新しい才能に光があたったり、意見が深められたり。何か素敵なサムシングを期待しないわけではない。

ただ、何かこう、この四半世紀のネットの希望と絶望をここ数日で、濃密に追体験したような気もした。

さ、激しく傍観しよう。

と言いつつ、私も何かやろう。

@yoheitsunemi

夜露死苦。


編集部より:この記事は千葉商科大学准教授、常見陽平氏のブログ「陽平ドットコム~試みの水平線~」2021年1月30日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、こちらをご覧ください。