継承されるトランプ政権のアメリカファースト:対中政策と貿易政策

鎌田 慈央

バイデン版のアメリカファースト

大統領が代わるだけで、政府の政策、雰囲気がここまで変化するのかと思い知らされた。

ホワイトハウスHPより

バイデン大統領は就任初日にトランプ政権の性格を決定づけた大統領令の撤回を行った。パリ協定やWHO(世界保健機構)へ再加盟、ムスリム信者の渡航制限を解除、公的機関での人種平等の徹底を指示するといった計17本もの大統領令をバイデン氏は発表した。これらの大統領令はひたすらに自国第一主義を貫き、排外主義的な態度を強要するトランプ政権と違い、国際協調を重視する、インクルーシブな社会づくりを目指すバイデン政権らしいものだといえるのかもしれない。

一方に、奇妙なことだが、違う政権に見えるようで、類似点もある。ひとつが対中政策である。トランプ政権下で米国の対中姿勢は大きく変わり、それを象徴したのがニクソン図書館にて行われたポンペオ前国務長官のスピーチである。ポンペオ氏はそれまで行われてきた対中政策が失敗であったと述べ、政府高官をそのようなことを言えるようになるほどトランプ政権下の4年間で米中間の亀裂が深くなったことを印象付けた。

そして、そのように述べたポンペオ氏は退任間際に新疆ウイグル自治区で行われている中国共産党による人権侵害がジェノサイドにあたると認定し、新国務長官として任命されようとしていたブリンケン氏が、その認識を共有するのかが注目されていた。

結果的に、外交委員会の公聴会でブリンケン氏はポンペオ氏の認識を追認すると述べた。バイデン氏の最側近と目されている人物がそれを述べたという事実は、トランプ政権下で見えた対中強硬姿勢がバイデン政権下でも継続され、現政権内で共有されているものであるということを暗示させた。

Nikada/iStock

対中政策に加えて、保護主義的な貿易政策も継承される様相である。バイデン氏は政府機関に米国製品の購入を奨励する「バイアメリカン」法の強化を促す大統領令に署名し、国内産業を優先する姿勢を明確にした。さらに、バイデン氏は昨年度、トランプ氏が中国にかけた関税は継続すると述べており、そのことから保護主義的なトランプ政権を代表する現象であった貿易戦争がバイデン政権下でもこれからも続くことが予測される。

では、どうしてこの二つの政策をバイデン政権が継承するのであろうか?

 反グローバリズムで当選したトランプ氏

ひとつ言えるのが、選挙対策の一貫であり、民主党が手を伸ばし切れていなかった層にリーチを広げようとしている意志の現れであるということだ。

2016年にトランプ氏が当選した最も大きな理由のひとつが、製造業で経済が成り立っているミシガン州やペンシルベニア州などといった接戦州に対して民主党がアピールしきれなかったからである。

選挙が始まる前にほぼ大統領選の結果が決まっているカリフォルニア州やアラバマ州と違い、上記でのべたように接戦州と呼ばれる州は経済状況によって民主党か共和党どっちに転ぶか分からない州である。

そして、それらの州が2016年も今も直面している問題が、産業の空洞化である。グローバル化の進展に伴い、企業は安い労働力を狙って工場や拠点をは中国などに移動し、そこで生産したモノを安く先進国に輸出するシステムができあがった。

ワシントンDCに拠点を置く、左派系のシンクタンク、経済政策研究所(Economic policy institute)によると米国では2001年から現在までの間で約500万人分もの製造業に関連する仕事が海外に出ていき、その内の3分の1の仕事が中国に奪われたとのことである。そして、大規模な雇用の移動が発生したせいで、被害を被ったのが上記で述べた接戦州である。

それゆえ、接戦州に住む有権者にとってトランプ氏の掲げる政策は魅力的だったに違いない。トランプ氏は自由貿易が米国にとって絶対的に良いという民主党、共和党が共有していたコンセンサスに真っ向から挑戦した。

トランプ氏は大統領選を通じてNAFTAやTPPなどの自由貿易協定(FTA)はアメリカの労働者を苦しめていると批判し続けた。それに加え、米国との間で多額の貿易赤字を抱えている中国が米国を食い物にしていると非難した。

その結果、トランプ氏はクリントン氏が接戦州であまり選挙活動をしなかったことも幸いし、それまで二大政党から見放されていたと思っていた層からの票を獲得し、僅差で接戦州の多くを獲得し、大統領の座を手に入れた。

グローバル化によって冷や飯を食わされるはめになった層、そして、その怒りを中国をスケープゴートとしてぶつけたい層のおかげでトランプ氏は勝てたのである。

反省を活かした民主党、バイデン氏

ところが打って変わって、2020年の大統領選では多くの接戦州でバイデン氏が勝利を収めた。そして、それらの州でのバイデン氏はクリントン氏よりも積極的に選挙活動を繰り広げ、2016年のトランプ氏と同様の保護主義的な政策の実施を明言していたことが勝利に貢献した要因のひとつだと考えられる。

また、バイデン氏の安全保障補佐官であるジェイクサリバン氏は選挙前に「中間層のための外交政策」を提言しており、労働者層を守ることを外交政策が達成する優先事項のひとつとして挙げるべきだと述べていた。

トランプ氏に負けた反省として、バイデン氏率いる民主党政権は外交政策にまで労働者を保護するという姿勢を反映させているのである。また、労働者の矛先が向いている中国に対しての姿勢もトランプ政権と同様に強硬路線であり、上記で登場したサリバン氏は香港やウイグルで人権弾圧を進める中国に「対価を払わせる」という挑戦的な発言をした。

続くアメリカファースト?

このようにトランプ前大統領との違いを強調した大統領になったバイデン氏は奇妙にも、トランプ政権の代表的な政策であった対中政策と保護主義的な貿易政策を部分的には継承している。

そして、そのこと自体がトランプ氏が掘り出した政策課題がいかに米国の有権者の関心を集めていたかを証明している。

良くも悪くもトランプ氏が退任してもなお、彼の影響力がアメリカの外交政策に影響を及ぼし続けるのかもしれない。