政府がコロナワクチン接種までに行うべきこと:データバンクセンター設置のための感染症法改正私案 --- 境田 正樹

寄稿

境田 正樹   弁護士、東京大学理事(病院担当)

1.日本におけるコロナワクチンの接種の開始

すでに米国やイスラエルなどいくつかの国では、コロナワクチンの接種が始められていますが、いよいよ日本においても、2月末頃から、まずは医療従事者を対象として、接種が始められる予定です。

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現在、政府内では、コロナワクチンの接種に向けた様々な検討、準備が進められていますが、私は、今回のコロナワクチンに関しては、副反応を生じた方のデータを収集・解析するだけではなく、ワクチン接種後にコロナを発症した方、また、その中で重症化した方に関する関連データも一元的にデータバンクセンターに収集、解析を行うとともに、対策を講じるべきはないかと考えています。

さらに、ワクチン接種者に関する様々なデータの収集や解析方法についても、アナログのシステムではなく、AI(人工知能)やデジタル技術等の高度情報処理技術を駆使した最先端システムを利用すべきと考えています。以下、その理由について詳しく述べたいと思います。

2.政府で予定しているワクチン接種後の調査について

日本国内のコロナワクチンについては、現在、独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)において、その有効性(予防効果)、安全性、免疫原性との関連性、品質等についての審査が行われており、その審査をクリアし、薬事承認を経たのちに、一般国民に対して、接種が開始されることになります。

そして、ワクチンの接種後、副反応が出た場合には、予防接種法第12条1項により厚生労働大臣(PMDA)への報告が求められ、また、副作用が出た場合には、医薬品、医療機器等の品質、有効性及び安全性の確保等に関する法律第68条の10第1項に基づき、厚生労働大臣(PMDA)への報告が求められます。そして、PMDAから報告を受けた厚生労働省は、審議会(厚生科学審議会予防接種・ワクチン分科会副反応検討部会及び薬事・食品衛生審議会 医薬品等安全対策部会安全対策調査会)に結果を報告し、審議会での評価を聴取したのちに、必要な措置を講ずることとされています。また、今回のコロナワクチンの場合は、通常の定期接種ワクチンで実施されている予防接種後健康状況調査に加えて、先行接種者健康調査(接種後約一か月の症状・疾病に関する全数調査)を実施することも予定されています。

3.ワクチン接種後に収集すべき情報について

しかしながら、国民が、安心かつ安全に、そして効果の高いコロナワクチンを接種するためには、私は、上記のワクチン副反応に関する情報の収集と先行接種者健康調査のみでは十分ではないと考えています。なぜなら、今回のコロナワクチンは、季節性インフルエンザのワクチンとは大きく異なり、そもそも新型コロナ自体の発症のメカニズム、重症化のメカニズムについてすら、未だ十分には解明されていないという事情もあるからです。

もちろん、変異株については、コロナワクチンが効かない可能性も十分考えられます。

そして、コロナワクチンを接種した一定割合の方は、ワクチンが効かずにコロナを発症し、さらに重症化するわけですから、政府としては、今回のコロナワクチンが効かずに発症(重症化)したことについての原因の究明を最重要課題と位置付けるべきではないかと考えます。

そして、そのためには、コロナワクチン接種後、発症した方のデータ(診療情報、既往症情報、基礎疾患情報、抗体保有情報、ウィルスゲノム配列情報、ヒトゲノム情報、後遺症情報、ワクチン副反応情報等)を網羅的に収集し、「データベースセンター」に一元的に管理するとともに、その解析を行うことが、極めて重要なプロセスとなるのです。

また、これらデータをデータベースセンターに収集し、解析することは、今後のワクチンの改良・開発や、新規のコロナ治療薬の開発などにもつながる可能性もあるばかりでなく、今後、国民が、コロナワクチン接種前に、①当該コロナワクチンを接種した方が良いのか、②接種してはいけないのか、③接種する必要もないのではないか、を判断する際の重要な指標にもなります。そしてそのことは、結果として、国民のワクチン接種に対する信頼感の醸成とワクチンの早期普及にも大きく貢献するものと思われます。

このために、政府は、ワクチン接種の準備段階から、上記のデータ収集と解析研究をどのような体制で誰が行うかについてのオペレーションを想定し、関係機関との調整を図っておくことと、そのデータ収集と解析について、ワクチン問診票のなかに接種者の同意文言を記載しておくことについても検討しておく必要があります。

4.データ収集の体制とスピード感について

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ところで、前記のデータの収集・解析を実施するに際し、現在、政府では、副反応情報については、電子化の導入によって、幅広い対象者からスムーズに情報を取得することや報告システムを電子化することも検討されており、それはとても大切だと思いますが、私は、拙稿「今国会で新型コロナデータベースセンター構築の特例立法措置を求むで述べた通り、収集した大規模データの解析を行う際には、以下の4機能を兼ね備えたスパコンを利用することが不可欠だと考えています。

  • ストレージ機能:コロナとワクチンに関する膨大なデータをストレージするとともに、必要なデータに瞬時にアクセスできるストレージ機能
  • ライブラリー(閲覧)機能:収集する情報については、情報の種類や性質ごとに、セキュリティの強度を定め、カテゴライズし、格納分類するとともに、閲覧者ごとに適切なアクセス権限を設定し、アクセスログを残すなど、適切なアクセスルールを定めておくという閲覧機能
  • 統合データベース(検索)機能:データベースに格納された統合データベースの中から、コロナ対策の目的に応じて、必要な情報を自在に検索することができる機能
  • バンキング機能:コロナ対策のため、感染症学、免疫学、疫学、分子疫学、公衆衛生学、分子血液学、遺伝統計学、生命情報システム科学、ハイパフォーマンスコンピューティンニカルインフォマティクス等の国内の専門家
  • に、適正な手続きと条件のもとで、データを提供するための機能

これら4機能を有するスパコンを利用することにより、当該ワクチンに関する有効性、安全性、副反応等に関わるアウトプット情報を瞬時に検索できることはもとより、コロナワクチンに関して、エビデンスベースドの政策立案も行うことができるようになります。

5.感染症法の改正案

パンデミックのような国家の非常事態時には、ワクチンや治療薬の早期開発を行うため、また、感染症の拡大を防止するための政策立案を行うために、感染者からのデータをできるだけ早期に、かつ効率よく一元的に取得し、解析研究を行うことが極めて重要です。私は、パンデミックが起きた場合には、感染者からのデータ収集と解析研究を行うために「データバンクセンター」を創設すること、そして「データバンクセンター」には厳重な安全管理措置を義務付けること、そして個人情報保護委員会からの監視を要件とすることで、データの研究利用に関する感染者の同意は不要とすることも検討すべきではないかと考えています。将来、14世紀にヨーロッパで拡大したペストのように、極めて毒性と感染力の強いパンデミックが発生した場合に、感染者から同意を取りつけることは現実的ではないからです。以下は、感染症改正案の私案です。

(感染症の発生の状況、動向及び原因の調査、データバンクセンターの設置、センター長の任命)

第 条 

1.国は、感染症の発生を予防し、又はそのまん延を防止するため、緊急に必要があると認めるときは、データバンクセンターを設置することができるものとする。

2.データバンクセンターの業務は、以下のとおりとする。

一.一類感染症、二類感染症若しくは新型インフルエンザ等感染症の患者、疑似症患者若しくは無症状病原体保有者又は当該感染症にかかっていると疑うに足りる正当な理由のある者の検体及び診療情報その他厚生労働省令で定める情報の収集、保管

二.感染症の発病の機構、感染性、病状、病原体等の調査・研究、ワクチンや治療薬の開発に必要な検体やデータ(ゲノムデータ含む)の収集、保管

三.前2号で収集された個人情報についての個人情報データベース等の作成

四.厚生労働大臣から委任を受けた感染症の拡大防止のための政策立案及び調査研究等

五.厚生労働大臣への感染症対策等のために必要な情報の提供

3.厚生労働大臣は、次に掲げる者のうちから、データバンクセンターの長(以下、「センター長」という。)となるべき者を任命する。

一 当該データバンクセンターが行う事務及び事業に関して高度な知識及び経験を有する者

二 前号に掲げる者のほか、当該データバンクセンターが行う事務及び事業を適正かつ効率的に運営することができる者

4.センター長は、第2項各号に掲げる事項について、第二項に定める業務の遂行のため、国の機関、都道府県知事、研究機関、その他厚生労働省令で定める法人等に対し、

情報の提供、職員の派遣その他の必要な協力を求めることができる。

5.センター長は、厚生労働省令で定めるところにより、第2項の規定に定める業務の内容について、必要の応じ、厚生労働大臣に報告しなければならない。

6.センター長は、データバンクセンターで保有する個人情報の性質、当該個人情報を保有する目的等を勘案し、その保有する個人情報の適正な取扱いが確保されるよう必要な措置を講ずることに努めなければならない。

7.個人情報保護委員会は、前項のデータバンクセンターにおいて、その保有する個人情報の適正な取扱いについての監視又は監督を行うものとする。

6.最後に ~ 新たなデータバンクセンターの創設について

今回の新型コロナ禍において、厚生労働省、そして厚生労働省の所管する国立国際医療研究センターと国立感染症研究所は、本来であれば、コロナ陽性者、発症者に関する大規模データを一元的に収集し、コロナデータベースを構築、そのデータベースの解析結果に基づく政策を立案すべきでしたが、そのようなデータベースは構築されませんでした。

このことを踏まえ、今後の対策についての私見を述べたいと思います。

2011年1月7日、政府は、産学官のオールジャパン体制で、日本発の医療イノベーションを実現することを目指し、内閣官房に、司令塔組織「医療イノベーション推進室」を設置しました。そして、そのメインプロジェクトの一つとして、厚生労働省所管の研究開発法人に、大規模予算を投じ、バイオバンクとスパコンを装備した大規模ゲノムコホートを創設することを検討していました。

(当時、私は国立がん研究センター理事長特任補佐として、医療イノベーション推進室の創設に関わるとともに、同推進室「個別化医療WG」の一員として、上記大規模ゲノムコホートの立案にも携わらせて頂きました。)

ところが、その約2か月後の2011年3月11日に東日本大震災が発生、もはや東京都内の研究開発法人に大規模予算を投入することはできないということになり、結果として、大震災からの復興に取り組んでいた東北大学に、「東北メディカル・メガバンク機構」が創設されることとなりました。

(そして、私も2011年8月から東北大学医学客員教授に就任し、東北メディカル・メガバンク機構の創設に関わって参りました。2011年当時、専任教員は0でしたが、その後、全国からデータサイエンス分野、クリニカルインフォマティクス分野等のトップサイエンティストが招へいされ、現在では、約80名の研究者が同機構に所属しています。)

振り返ってみますと、あのときに東日本大震災が発生しなければ、今頃は、厚生労働省所管の研究開発法人内にスパコンとバイオバンクが装備された「データバンクセンター」が設けられ、また、全国からデータサイエンス分野、ハイパフォーマンスコンピューティング分野、クリニカルインフォマティクス分野等の研究者が招へいされ、今回の新型コロナ禍におきましても、全国からコロナ陽性者に関する様々なデータや生体試料が同センターに集積、解析され、コロナ研究の促進と政府のコロナ対策の立案に大きな功績を残すことができたのではないかと想像します。

これからのデジタル化社会、知識集約型社会において、厚生労働省の主たる役割の一つである医療政策の立案、感染症対策の立案、革新的医療品や革新的医療機器の開発、再生医療の開発・推進と事業化、ゲノム医療とゲノム予防の開発と事業化、データヘルス戦略を実現するためには、厚生労働省が所管する研究開発法人において、大規模解析データバンクセンターを設置することが必要な施策なのではないかと考えます。

以上が私からの提案です。まだまだ、リサーチ不足のところもあり、検討内容に拙いところがあることは重々承知しておりますが、今後のコロナ対策、ワクチン対策の検討の一助になれば幸いです。


境田 正樹   弁護士、東京大学理事(病院担当)