今国会で新型コロナデータベースセンター構築の特例立法措置を求む --- 境田 正樹

寄稿

境田 正樹   弁護士、東京大学理事(病院担当)

1.日本のコロナ対策の課題

1月21日、アメリカ合衆国の新大統領に就任したバイデン氏は、新型コロナウィルスの感染拡大を抑えるための国家戦略を発表するとともに、「我々の国家戦略は包括的な内容で、政治ではなく科学、否定ではなく真実に基づいた詳細なものになる」と宣言しました。

これまでのトランプ前大統領の科学軽視のコロナ対策に対する痛烈な批判も込められていますが、それでも、米国の国家機関である米国疾病予防管理センター(CDC)においては、コロナ患者に関する様々なデータが収集、蓄積、データベース化され、そのデータベースの解析に基づく政策提言が、前大統領に対して行われてきたことは言うまでもありません。

翻って、日本では、そもそも科学的なエビデンスに基づく政策立案を行う以前に、新型コロナウィルス陽性者から、国として組織的に、必要十分なデータや試料を収集することが行われてきませんでした。この詳細については、以下の拙稿をご覧頂ければと思います(なぜ新型コロナ感染者の貴重な検体が捨てられるのか )。(小池都知事の選挙公約「東京版CDC」は必要か — 境田 正樹 – アゴラ

metamorworks/iStock

今後、日本国内で、変異型ウィルスの強毒化(高病原性獲得)やワクチン接種者の副作用の発生、ワクチンが効かずコロナに罹患する患者の発生等も予想されるなか、私は、以下に述べるとおり、今からであっても、早急に新型コロナデータベースセンターを構築すべきだと考えます。

 2.データベースに求められる4つの機能

私から提言させていただいているデータベースは、アナログ技術で単に統一性のないデータを集積すれば良いというデータベースではなく、AI(人工知能)やデジタル技術等の高度情報処理技術を駆使した最先端システムの利用を前提としています。私は、このデータベースには、以下の4つの機能が必要であると考えています。

1つ目は、ストレージ機能です。データベースセンターに必要な情報は、コロナ陽性者のヒトゲノム情報、ウィルスゲノム情報、診療情報、既往症情報、生活習慣情報など極めて多岐にわたるうえ、情報量が膨大です。当然のことながら、膨大なデータをストレージして瞬時に必要なデータにアクセスするためには大規模かつ高速な計算能力を有するスーパーコンピュータの利用が不可欠となります。

2つ目は、ライブラリー(閲覧)機能です。データベースセンターには、機微性の高い情報から低い情報まで、また、機密性の高い情報から低い情報まで、多岐にわたる情報が蓄積されます。収集する情報については、情報の種類や性質ごとに、セキュリティの強度を定め、カテゴライズし、格納分類するとともに、閲覧者ごとに適切なアクセス権限を設定し、アクセスログを残すなど、適切なアクセスルールを定めることが必要であり、このためのライブラリー機能を備えることが必要となります。

3つ目は、統合データベース(検索)機能です。データベースに格納された情報は、統合データベース化し、政策を立案するために必要な情報を直ちに検索できる機能が必要です。たとえば、武漢型ウィルスで重症化した陽性者のうち、心臓疾患のあった者は何名で、うち、特定のヒトゲノム遺伝子多型を有していた者が何名か、また、ヨーロッパ型変異ウィルスで重症化した陽性者のうち、特定の治療薬が効いた者は何名で、その後、特定の後遺症が残っている者は何名かなど、必要な情報を自在に検索することができるという機能です。

4つ目は、バンキング機能です。データベースの多岐にわたる膨大な情報は、政策立案に関わる担当者のみでは到底使いこなせませんし、最適な意志決定もできません。この統合データベースを元に、感染症学、免疫学、疫学、分子疫学、公衆衛生学、分子血液学、遺伝統計学、生命情報システム科学、ハイパフォーマンスコンピューティング、クリニカルインフォマティクス等の日本中の専門家の英知を結集して、コロナ対策を立案する必要があります。このためには、データベースセンターに格納された情報のうち、研究に参画する研究機関・研究者に必要なデータを提供し、研究を進めてもらい、その研究成果をデータセンターに還元してもらうというデータ利活用(バンキング)の仕組みが不可欠です。このためには、上記データ利用を希望する研究機関・研究者に対しては、事前に研究内容や研究体制、セキュリティ体制をチェックするための審査制度を設けるとともに、情報を適切に管理する義務、守秘義務、目的外利用禁止、二次利用禁止などの義務等を定めた契約を締結することが必要になるほか、セキュアにデータを共有させるためのストラクチャーと環境整備も必要です。

現在、上記①~④の機能を兼ね備えたデータバンクセンターとしては、国内では、東京大学のバイオバンク・ジャパンと東北大学の東北メディカル・メガバンク機構があります。

上記2大学の既存のシステムを利用し、コロナ陽性者のサーベランスデータを集積してきた厚労省、コロナ陽性者の患者情報を集積してきた国立国際医療研究センターコロナ陽性者のウィルス解析を行ってきた国立感染症研究所との連携が実現できれば、おそらく約2カ月で、新型コロナデータベースセンターを稼働させることは可能です。

 3.加藤勝信厚生労働大臣への提言

そこで、私は、上記論考を発表した昨年6月から、東京大学のバイオバンク・ジャパンの担当者、東北大学の東北メディカル・メガバンク機構の山本機構長ほか担当者とも打ち合わせをさせていただいたうえで上記データベースセンターの企画提案書を作成し、厚生労働省の執行部の方や担当者、国立国際医療研究センターの執行部の方々、国立感染症研究所の執行部の方々との打ち合わせをさせていただきました。

加藤勝信氏HPより

また、7月には、加藤勝信厚生労働大臣(現内閣官房長官)とも何度か面談をさせて頂き、加藤大臣からは、このようなデータプラットフォームの構築は重要で喫緊の課題である、速やかに実現できればと考えている、とのお話も伺いました。

4.データベースの新規構築の難しさ

8月以降、厚生労働省内では、データベースを構築するにあたっての様々な課題について、検討が重ねられ、昨年末に公表された第三次予算案では、新型コロナの基盤整備事業として40億円の予算も計上されました。当方からの提案を短期間で検討され、具現化頂いたことには心より感謝いたしますが、他方、上記基盤整備事業案では、当方から提案したデータベースセンター構想の4つの機能のうちの一部の機能しか備えられていないようにも見受けられました。

東京大学や東北大学のシステムを利用せずに、今回の予算の限度内で、仮に、4つの機能の一部しか備えることのない新たなデータベースセンターを構築してしまうと、結果として、そのシステム完成までに数年かかってしまうか、または、機能的に今回のコロナ対策には十分に役に立たない可能性も考えられます。

東北大学東北メディカル・メガバンク機構HPより

東北メディカル・メガバンク機構の場合、ストレージ機能とライブラリー機能、バンキング機能を備えたスパコンの制度設計から調達までに約1年半かかり、さらに、そこから統合データベース機能(検索機能)を開発するまでに、さらに約2年かかりました。

私は、2011年8月に東北大学東北メディカル・メガバンク機構客員教授に就任して以降、同機構のプロトコール(研究計画書)作成、オペレーションの制度設計からバイオバンク構築、システム構築に至るまで、一切の構築作業に関与して参りましたが、15万人分の生体試料、診療データ、生活習慣情報、ゲノム情報という大規模なデータ・試料を収集し、解析・分譲するためルール作りとそれを実現するためのシステム開発は、極めて高難度かつ専門的な知見を要する難作業でした。全国のバイオバンク分野、コホート分野、倫理法令分野、ゲノム解析分野等様々な研究の分野の専門家、有識者のご助力と関係官庁(文科省、厚労省、総務省、内閣官房健康・医療戦略室)のご助力がなければ、システム構築の完成は到底不可能でした。

国家の非常事態には、政治の力により、様々な機関に蓄積した経験やノウハウ、知見、人材ネットワークを最大限活用するための方策を講じることが求められるのではないかと考えます。

5.最後に~政府、国会に求めたいこと

現在、従前のウィルスよりはるかに感染力の高い変異ウィルスの国内流入が懸念されていますが、過去の感染症の歴史を紐解けば、当然のことながら、近い将来、極めて毒性の高いウィルスが国内で一気に蔓延する可能性も否定できません。また、2月末からは、数種類のワクチン接種が始まりますが、ワクチン接種者には、一定割合で副作用が出ますし、また、ワクチンが効かずに発症してしまう患者も多数出てきます。当然のことながら、それらの方々のデータを網羅的、かつリアルタイムで収集、解析し、ワクチン改良のための対策を講じる必要もあるのですが、このためにも2月末までには、最先端のデータセンターを備えておく必要があるのです。特に患者やワクチン接種者の予後を把握することは、ウィルスの影響を科学的に把握するために必須です。

衆議院HPより

このためには、疫学など科学的手法を駆使した包括的な情報収集が必要です。いったん、退院してしまった患者やワクチンを接種した者が、その後どのような転帰をたどるのかを把握することは容易ではないので、その対策も講じておくことも必要です。

また、データセンターには、上記コロナ陽性者の情報のみならず、厚生労働省の下でLINE株式会社が行っている調査情報など、最新のIot(Internet of Things)技術を駆使したコンタクトトレーシング情報を付加し、解析の用に供することが必要で、それが実現できれば、国や自治体は、緊急事態宣言の宣言時期や解除の時期、射程の範囲や手法などを検討するにあたっても、今よりはるかに高い科学的エビデンスに基づく政策立案をすることができるようになり、さらには、国民からの理解や協力も得やすくなると思われます。

当然のことながら、いまのコロナ患者の受入医療機関の病床ひっ迫の問題につきましても、医療機関や患者受入施設等から適切な情報をタイムリーに収集し、その情報を分析したうえで、国と自治体、医療機関が共有をし、最適な解決を目指すことができれば、医療機関の納得感も増し、今よりはるかに効率的な医療体制を構築することができます。

この国会では、上記①~④の機能を兼ね備えたデータベースの構築について、最優先で議論を行って頂くことを切望しますが、あわせて、このデータベースセンターを円滑にかつ可及的速やかに構築、稼働させるための特例立法措置も検討していただければと思います。

データベースセンターに収集される情報には、要配慮医療情報である診療情報のほか、遺伝子に関する情報も含まれますので、これを既存の個人情報保護法や個人情報保護条例、研究倫理指針の遵守を前提としてしまうと、データ提供者からの同意の取得が必要となり、医療機関や保健所にとって極めて大きな負担となってしまうからです。パンデミックに該当する感染症に関するデータについては、法律に基づき研究に利用できるようにするとともに、厳重な安全管理措置を設け、そのデータガバナンスを担保するために、個人情報保護委員会をデータベースセンターのお目付け役(監視機関)として位置づける、という特例措置なども検討いただければと思います。

つまり、前例がないからできない、省庁が異なるから連携が難しいなど、データベースセンターを早期に構築できない理由を探すのではなく、パンデミックから国民を守るため、どうすればデータベースセンターを短期間で稼働させ、国民の利益に供することができるのか、という観点からの政策や立法、予算の審議を行っていただきたいと思います。

日本では、アメリカや中国に比べて新型コロナに関する論文数がはるかに少ないのですが、これは、コロナ発生から1年にわたり、データベースの構築ができなかったことが主な要因の一つです。このことは、日本の感染症分野における研究力を海外と比較し、相対的に弱体化させた可能性があるのみならず、将来世代にパンデミックに対抗する知の蓄積を残すことができないという意味で、負の遺産になってしまうということも危惧されます。

ぜひ、政府、国会におかれましては、大所高所にたった適切な判断を迅速に行っていただくことを切に願います。

境田正樹
境田 正樹   弁護士、東京大学理事(病院担当)