2021年1月8日に日本政府は1都3県(東京・神奈川・埼玉・千葉)を対象に緊急事態を宣言、さらに1月13日夜、2府5県(大阪・京都・兵庫・愛知・岐阜・福岡・栃木)を対象地域に追加しました(実質的には1月14日から発動)。
緊急事態宣言に慎重な菅政権でしたが、2020年12月26日~27日に行われた[読売新聞世論調査]で「緊急事態宣言を出すべき」という回答が66%を示すなど、国民の強い世論におされる形で緊急事態宣言を発出するに至りました。緊急事態宣言の発出直後(1月9~10日)に行われた[共同通信世論調査]では緊急事態宣言のタイミングが「遅すぎた」という回答が79%、対象地域追加直後(1月15~17日)に行われた[読売新聞世論調査]ではさらなる対象地域「拡大を」という回答が78%、さらに2021年1月29~31日に行われた[日本経済新聞世論調査]によれば、緊急事態宣言を延長を求める回答が9割に達しました。明らかに今回の緊急事態宣言は、国民世論の強力な要求によって発出され、追加され、延長されたと言えます。
緊急事態宣言は、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐことを目的とするものです。この記事では2021年1月に出された緊急事態宣言の効果について定量的に検証してみたいと思います。
新規陽性者数の検証
まずは、緊急事態宣言前後の新規陽性者数の推移を検証します。新規陽性者数を全国一律に比較するにあたって、新規陽性者数の人口割合を用いることにします。図-1は緊急事態宣言の当初地域(東京・神奈川・埼玉・千葉)に加えて緊急事態宣言外の地域における新規陽性者数の人口割合を中央7日移動平均で示したものです。
緊急事態宣言は1月8日に発出されたので、その影響が出るのは概ね2週間後の1月22日以降ということになります。図を見ると、いずれの曲線も、宣言の影響が出る前にピークアウトが発生して自然減しているのがわかります。
一方、図-2は緊急事態宣言の追加地域(大阪・京都・兵庫・愛知・岐阜・福岡・栃木)に加えて緊急事態宣言外の地域における新規陽性者数の人口割合を中央7日移動平均で示したものです。
緊急事態宣言は実質上1月14日に発出されたので、その影響が出るのは2週間後の1月28日以降ということになります。図を見ると、当初地域と同様、いずれの曲線も、宣言の影響が出る前にピークアウトが発生して自然減しているのがわかります。中には、栃木県と岐阜県のように、追加宣言前からピークアウトしている地域もあります。
図-3は、上述の当初地域全体と追加地域全体、および宣言外地域の新規陽性者を比較したものです。
マクロな区分をすると、3地域の曲線がほぼ同様の形状を示していることがわかります。すなわち、年始から急激に上昇し、緊急事態宣言の発出時に概ね最大ピークを示し、その後ピークアウトする過程で1月17~18日頃に小さなピークを作って、その後は単調減少しています。当初地域・追加地域ともに緊急事態宣言の顕著な効果は認められません。
実効再生産数の検証
ここで、緊急事態宣言の効果を直接的に検証できる実効再生産数(簡易法による算出)で比較してみたいと思います。
図-4は緊急事態宣言の当初地域に加えて緊急事態宣言外の地域における実効再生産数を示したものです。
本図を見ると、当初地域と宣言外地域はほぼ同様の挙動を示していると言えます。また、1月8日~1月22日に急激な自然減が発生し、宣言の影響が出る1月22日からは、むしろ実効再生産数の減少度合いが低下しています。緊急事態宣言の顕著な効果は認められません。
図-5は緊急事態宣言の追加地域に加えて緊急事態宣言外の地域における実効再生産数を示したものです。
本図を見ると、当初地域のケースと同様、追加地域と宣言外地域はほぼ同様の挙動を示しています。また宣言が追加される前段階で既に急激な自然減が発生し、さらに宣言後は自然減の減少度合いが低下し、宣言の影響が出る1月28日以降もその減少度合いに変化がありません
図-6は、上述の当初地域全体と追加地域全体、および宣言外地域の実効再生産数を比較したものです。
この図から言えることは、当初地域全体と追加地域全体、および宣言外地域の実効再生産数の変動はほぼ一致し、1月8日から1月15日に急激に自然減し、その後は一定の勾配で緩やかに単調減少しているということです。つまり、緊急事態宣言の効果はほぼ認められず、すべては別の要因による自然減であると考えるのが合理的です。
なお、緊急事態宣言以降のデータを用いて厳密にt-検定を行うと、当初地域と宣言外地域の差については効果が出始める1月21日の前後で平均値に有意の差はなく(有意水準5%)、追加地域と宣言外地域の差については効果が出始める1月28日の前後で平均値に有意の差はあるものの、その差は0.068と微小な値です。図-7は、7月以降の実効再生産数を当初地域全体と追加地域全体、および宣言外地域で比較したものです。
この挙動に対して、1 週間前の値との階差(前週差)をとったものが図-8です。
階差の不偏標準偏差を計算すると、当初地域:0.184、追加地域:0.338、宣言外地域:0.256となります。つまり、実効再生産数は1週間で、追加地域においては68.3%の確率で±0.338以内の値をとる、宣言外地域においては68.3%の確率で±0.256以内の値をとるような変動を示しています。この変動に対して0.068は微小な値と言えます。
緊急事態宣言万能論というインフォデミック
以上、当初地域全体と追加地域全体および宣言外地域の実効再生産数の変動がほぼ一致することから、緊急事態宣言の顕著な効果は認められず、緊急事態宣言後のピークアウトは、別の要因による実効再生産数の急激な減少に支配されているものと考えられます。
冒頭で述べたように、今回の緊急事態宣言は、実質的には国民の強い要求によって発出されたものです。今回も多くの日本国民は、疫学の専門家でもない医師会・医クラ・野党・マスメディア・文化人・自称ジャーナリスト・ヤフコメ等の根拠のない無責任な扇動に乗って集団ヒステリーを起こし、科学的根拠もなく緊急事態宣言に突き進んだのです。前回の緊急事態宣言と同様、顕著な効果が認められなかった今回の緊急事態宣言による多大なる機会損失に対する責任は、極めて残念ながら、緊急事態宣言万能論というインフォデミックに侵されてしまった国民にあります。
一方、各方面から根拠もなく無能と罵られ続けても緊急事態宣言に慎重であった菅政権は、結果的に正しかったと言えます。極めて残念なのは、宣言の発出をあと1週間待てなかったことに尽きます。
さて、感染の拡大・縮小の主要因は何かと言えば、私は日本列島に不可避な影響を与える気象であると考えています。日本全国の幅広い老若男女が共通して受ける特徴的なマクロ要因は気象以外に考えられないからです。実際に気象の時空間変動で実効再生産数の時空間変動を定常的に再現できることは[前回記事]で示した通りです。
いずれにしても、今の日本に必要なのは新規陽性者数の客観的な予測手法であり、それに基づくインフォデミックの回避です。新規陽性者数が感染の絶対数を反映しているかは大いに疑問ですが、マスメディアが新規陽性者数を根拠に恐怖を煽っている以上、この問題に対峙することは不可避であると考えます。
編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2021年2月8日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。