緊急事態宣言の延長を国民の9割以上が望む中[日本経済新聞世論調査]、菅政権は緊急事態の延長を決めました。感染が急激にピークアウトしていく中での緊急事態宣言の延長は、元を正せば、すべては客観的な新型コロナ感染の予測手法がないためと考えられます。
思えば、コロナ禍を通して、疫学の専門家でもない医師会・医クラ・マスメディア・文化人・自称ジャーナリスト・ヤフコメ等は、反証不可能な個人の勘だけを根拠にして、あたかも全知全能の神のように、悲観的な予言をふりかざしては国民や政府に説教を続けました。
一方、疫学の専門家も、最も重要な緊急事態宣言の効果を検証することなく、相変わらず実態を反映することができない古典的な感染モデルを使って数字の遊びに近い予測を行ったり、木を見て森を見ない些細な各論に突き進んでいったり、大衆がスケープゴートにしているGoToトラベルを無理に分析したりするなど、社会的な責任を十分に果たしていないものと考えられます。
世界的に見て、日本は、コロナの感染爆発を完全に封じ込めるとともに、マイナスの超過死亡まで推測されている唯一の大国ですが、悪質なインフォデミックによって社会が慢性的に集団ヒステリーを起こしていて、感染が拡大すれば政府を罵り、縮小すれば陰謀論が飛び交うという理性を完全に失った状態にあります。
このような背景の中、コロナの感染動向を平易かつ客観的に事前判定するための指標として「日最低気温(7日移動平均)の前週差」に着目して、コロナの感染状況との関係性について検討を行ってきました。この記事では、これまでの研究の概要を紹介した上で、この指標による予測のパフォーマンスを検証します。また、統計分析を基に得られたいくつかの知見を紹介したいと思います(アイキャッチの写真はNASAのimageライブラリより)。
ここまでの研究の概要
マクロに見て、いわゆる第0波、第1波、第2波、第3波は、日最低気温の前週差が低くなったタイミングで感染を急拡大させています(図-1)。
また、ミクロに見ると、この指標の変動のボトム(最低点)は実効再生産数の変動のピーク(最高点)とよく一致しています(図-2)。つまり、日最低気温の前週差が低くなるタイミングで実効再生産数が高くなっているのです。
さらに、この関係は、[東京]をはじめとして[日本各地]や[欧米各地]で認められます。
指標による予測のパフォーマンス
気温差の指標を最初に考えついたのは、1月8日の緊急事態宣言の日です。この日は、報告ベースの陽性者数(7日移動平均)および実効再生産数が各地域で増加を続けており、立憲民主党の枝野代表やヤフコメ尾張の守が「緊急事態宣言は遅い」と科学的根拠もなく大騒ぎしていました。この時点で収集可能な東京の感染情報は図-3の通りです。
東京の場合、実効再生産数と指標の相互相関は20日のタイムラグがあるので、私たちは20日後まで、実効再生産数の増減の判定を行うことができます。1月8日、目前に迫っていたのは、冬将軍の到来によって発生した2020年最大の気温低下のボトム(J)です。現実には、ボトム(J)で実効再生産数はピークを打ち、その後ピークアウトしました(図-4)。
その後、実効再生産数はさらにボトム(k)でピークを打ち、次のボトム(★)でもピークを打ちました。まさにこの指標は感染の一進一退を20日前からトレースしていたことになります。
また、図-5は札幌市の感染状況です。日本全国で感染者が単調減少する中、札幌市は実効再生産数が大きく上昇しています。
少しタイミングがずれていますが、これはボトム(j)の影響と考えられます。札幌市では、日本全国で認められた最大のボトム(札幌市ではボトム(i)にあたります)に引き続き、それよりも気温低下が著しいボトム(j)が存在しているのです。このように、多少タイミングがずれても、顕著な気温の低下(概ね気温低下量が2度以上)があれば、それに対応する顕著な実効再生産数の上昇があるのです。
あえて言わせてただけば、これほど簡単に求めることができて、コロナ感染状況を支配する実効再生産数の増減のタイミングを20日も前から概ね予測できるような指標は他にはないと思います。
いつでもどこでも同じ感染メカニズム
ここで、多変量を対象とする時系列解析のモデルである【多変量自己回帰モデル=VARモデル vector auto-regression model】を使って、感染のメカニズムを検討したいと思います。
VARモデルとは、対象とする現象の時系列変動に対して、①対象とする現象の過去の変化、および②様々な要因の過去の変化を基に、対象とする現象の現在の値を回帰する統計モデルです。過去に実施した[東京都の解析]においては、この統計モデルを使って、実効再生産数(簡易法から算出)を次の4つの気象要因のデータ(気象庁発表)から回帰することを試みました。
・日最低気温の前週差
・日最低気圧の前週差
・日最低湿度
・日最大風速
分析に利用したコードは、統計数理研究所のTIMSACというライブラリに存在する制御系VARモデルのFPECという関数です。このコードを使うと、どの要因の何期過去までのデータが統計的に有意であるかを知ることができます。
東京都の解析においては予備解析を実施し、4つの気象要因のうち、日最低気圧の前週差と日最低湿度の2つの要因の組み合わせ(情報量基準FPE(m)を最大とする組み合わせ)の16日前までのデータを使って回帰するのが最も統計的に意味があることが判明しました。ちなみに圧力差と気温差は1週間ほどの位相差で相互相関関係が認められます。実際、圧力差のボトムも特定のラグで実効再生産数のピークと良く対応します。ただ、気温差ほど、低下量に大きな意味がないようにも感じます(←これは単なる感性なので定量的な検証が必要です)。
なお、この解析においては、過去7日間の気象要因は実効再生産数に影響しないという仮定を設けています。これは陽性となって報告されるまでには最低7日間は必要であると考えたためです。
日最低気圧の前週差と日最低湿度を用いて得られた回帰式は次の通りです(まったく難しいものではなく、単なる掛け算と足し算です)。
但し、
R(t):t(日)における実効再生産数
T(t):t(日)における日最低気圧の前週差(度)
M(t):t(日)における日最低湿度(HPa)
CR(t),CT(t),CM(t):解析によって求められる定数(表-1参照)
C:R(t)の観測値平均と実測値平均が一致するように求められる定数
この式によって得られた回帰値と観測値の関係を示したものが図-7です。本図には回帰誤差(回帰値と観測値との差)も同時にプロットしています。
本図を見ると、回帰値は観測値と概ね一致し、その誤差も全期間を通してほぼ一様に小さいことがわかります。
このことは、東京都のコロナの実効再生産数の変動メカニズムは、第2波以降の期間を通して【不変 invariant】であり、実効再生産数と日最低気圧の前週差と日最低湿度の過去の変動で説明できるということになります。いつでも同じメカニズムで感染が生じているのです。このように時間によって確率分布が変化しないことを【時間的定常 temporal stationarity】と言います。
さて、非常に興味深いことに、実はこの回帰式は場所が変わっても時系列分布を精度よく再現します。東京都で得られた回帰式を札幌市・愛知県・大阪府・福岡県・沖縄県という気象条件が異なる各地域に適用させたものが図-8~図-12です。
これらの図を見ると、陽性者数が少なく僅かな感染者数の増加で実効再生産数が乱高下した第2波の上昇局面(7月中旬~7月末)を除けば、誤差は非常に小さく、ほぼ一様です。つまり、少なくとも第2波の下降局面からは各地方でも時間的定常が認められるということです。しかもその変動を再現しているのは、各地方で求めた回帰式ではなく、東京で求めた回帰式です。このことは時間的定常に加えて、位置によっても確率分布が変化しないことを示しています。どこでも同じメカニズムで感染が生じているのです。この状態を【空間的定常 spatial stationarity】と言います。結果、コロナ感染の変動メカニズムは、少なくとも第2波の下降局面以降は時間的にも空間的にも不変であると言えます。
つまるところ、いつでもどこでも同じメカニズムで感染が生じていると考えられます。この状態を【時空間的定常 spatio-temporal stationary】と言います。
さて、この時空間的定常はGoToトラベル前後でも不変です。もし、GoToトラベルが感染に有意な影響を与えていたとしたら、現象メカニズムが変わってしまうので、回帰値は開始前後で大きく乱れて誤差が増加するはずです。ところが、GoToトラベル開始(7月22日)の2週間後にも、GoToトラベル東京追加(11月1日)の2週間後にも、GoToトラベル札幌&大阪停止(11月24日)の2週間後にも、GoToトラベル東京&愛知停止(12月14日)の2週間後にも、GoToトラベル全国停止(12月28日)の2週間後にも、緊急事態宣言(1月8日)の2週間後にも顕著な回帰誤差の変化は認められません。つまり、日本全国どこでもコロナの感染において、気象の有意な影響は認められますが、GoToトラベルや緊急事態宣言の有意な影響は認められません。感染の増減の主たる要因は、国民の気の緩みのせいでも政府の失政のせいでもなく、気象のせいである可能性が高いのです。
勿論、西浦博氏がデータを丁寧に観察してGoToトラベルの影響を議論したことは否定すべきことではありません。しかしながら、実効再生産数が日々変化する中で5日間くらいのデータを精緻に分析したところで、マクロな実効再生産数への影響を立証しない限り、実用的な結論を導くのは困難であると考えます。
なお、第2波の上昇局面については、慎重に検討すべきです。陽性者数が少なかったことを差し引いても、この時、新型コロナの感染メカニズムに何らかの変化があった可能性があります。普通に考えれば、ゲノム系統のドラスティックな変化によるものと考えられます(図-13)。
第2波の下降局面と第3波で大きな感染メカニズムに大きな変化が認められないことも、この時期にゲノム系統にドラスティックな変化がないことにより説明することが可能です。このことから、気象変化とゲノム系統の変化が新型コロナの感染メカニズムの支配要因である可能性が考えられます。
時空間解析の重要性
感染は時空間にわたる物理現象であり、その現象メカニズムの因果の法則性を把握するにあたっては、時間挙動と空間挙動をそれぞれ定量的に分析することが重要です。基本的に分析の方法には、①空間挙動の解析結果を時系列順に分析する方法(図-15)、②時間挙動の解析結果を空間的に分析する方法(図-16)の2種類があります。
このうち私は、①の方法による分析を昨年5月から行ってきました[過去記事]、
そして、現在行っているのは、まさに②の方法です。この2つの方法を融合することこそ、現象の解明に役立つものと考えます。感染拡大防止に使えそうなアイデアを一つ持っています。また別の機会に紹介したいと思います。
編集部より:この記事は「マスメディア報道のメソドロジー」2021年2月5日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方はマスメディア報道のメソドロジーをご覧ください。