きこえない私がぶつかったSNSの壁:Clubhouseに欠けている視点とは --- 伊藤 芳浩

伊藤 芳浩

SNSはコミュニケーションの可能性を広げてくれるツールですが、その一方で、可能性を狭めるケースがありました。それはどのようなケースなのでしょうか。

Clubhouse App Storeより

コミュニケーションが困難でも好きになったきっかけ

生まれつき聞こえない私は、聴覚ではなく、視覚に頼って生きています。そのため、人と出会って音声による会話を交わすのがとても難しいです。しかし、それでも人と出会って、色々コミュニケーションをするのが好きです。幼少の頃、私の母が聞こえない私に視覚だけでは不足している情報を補うために、色々な場所へ連れて行き、また、色々な経験をさせくれました。すごく楽しかった思い出がたくさんありました。あちこちへの旅行、博覧会、美術展など、視覚だけでも楽しめる機会をたくさん与えられました。その影響で、コミュニケーションをするのが大変なのに、コミュニケーションをするのが好きという性格になったようです。

コミュニケーションが好きという性格もあって、異業種交流会やビジネス勉強会などに、手話通訳という音声と手話の間の通訳をしてくださる方を同伴してコミュニケーションに多く参加していました。そのようにして、たくさんの人たちに出会い、人脈を構築し、知見を広げることができました。しかし、その一方で、手話通訳の都合を確認したり、事前に打ち合わせをしたりなど、さまざまな苦労がありました。イベント関係者の中には、手話通訳のことを知らない人も多く、事前に理解してもらう必要があったりしました。

可能性を追求できるSNSの出現

21世紀に入って、SNSというテキストベースでコミュニケーションできるツールが世の中に出た時は、私のようにコミュニケーション困難者にとって、エンパワーメントされ、可能性を広げる存在となりました。SNSが黎明期にある時から、mixiや Greeなどを初期バージョンから使用していました。SNSには大きな可能性があると思っていました。

SNSのメリットは、知人との交流だけでなく、新たな人との出会い、そして、様々な人の考えや感じていることを知ることができ、人脈や知見を広げることです。そのSNSを活用することで、視覚だけでもSNSのメリットを最大限に享受することができました。

あとに残らない音声版SNS Clubhouseの登場

Clubhouseは、アメリカで2020年4月にサービス開始した招待制の音声配信SNSアプリです。ユーザーは、ラジオのように、音声会話のリアルタイムの配信や傍聴を楽しむことができます。他のSNSとは違って、コンテンツを記録しないため、「今聞き逃すと二度と聞けない」という今だけ感があり、「FOMO(fear of missing out:取り残されることへの恐れ)」をうまく利用しており、人気の一因となっています。

コンテンツの記録については、コミュニティーガイドラインとポリシー「Community Guidelines」(2021年1月6日時点)の中で禁止されています。

You may not transcribe, record, or otherwise reproduce and/or share information obtained in Clubhouse without prior permission.

この中で、「transcribe」というのが書き起こしというのがあり、音声会話の内容をテキスト化することは、事前の許可が必要となっています。

書き起こしについては、モデルやタレントとして活動している藤田ニコルが2月8日に、Clubhouseの規約で禁じられている会話の書き起こしを週刊誌に掲載されたとして、規約上は書きおこしはダメと苦言したことが話題となっています。

Clubhouse App Storeより

インクルーシブなSNSが本来の姿

Clubhouseでは、多くの著名人が配信しており、また、興味あるテーマも数多くあり、参加して傍聴したいと思ったのですが、音声会話の内容を書き起こしすることは禁止されているので、非常に遺憾に思っています。

書き起こしは、例えばUDトークなどの音声認識アプリを使用して、ログを残さない設定にすれば、文字が流れる形で、会話の内容を瞬時に理解する形で実現することができます。

Clubhouseの特徴はユニークで素晴らしいと思いますが、音声会話を理解できない人のために、記録を残さないことを条件に音声会話の内容を書き起こすことを許可して欲しいものです。

テキスト化すると会話の微妙なニュアンスとか連続性が保てないので、それはClubhouseらしさではないという人がいるかもしれません。Clubhouseの場合は、ツールがコミュニケーションスタイルを限定してしまっているため、クローズドな世界となってしまいます。

個人的にはクローズドな世界がどんなものか覗いてみたいという好奇心が強いのですが、それが認められないのが、モヤモヤです。Clubhouseの設計思想は素晴らしいとは思っていますが、そこに特定の人を排除するような要素はあるべきではないと考えます。

クローズドな世界はそれなりの良さがあるのですが、特段の理由なしに、特定の人たち、例えば、障がい者までを排除するのは好ましくありません。Clubhouseらしさを大事にするのは、賛同できますが、楽しむために、自ら工夫して内容を理解しようとすることまでを禁止することは、賛同しかねます。

これまでの視覚情報がメインのSNSは、アップルのmacOS、iOS、iPodに内蔵されているスクリーンリーダーなどの読み上げ機能によって、目が不自由な方でもある程度楽しむことができます。これらのSNSは、読み上げ機能の使用を禁止することはありません。インクルーシブなSNSが本来の姿と考えています。

ClubhouseもこれまでのSNSと同様に、Clubhouseらしさを大事にしつつも、インクルーシブなSNSとなることを心から願っています。それによって、私のようなコミュニケーションが困難なものでも、生き生きと活躍できるダイバーシティ&インクルージョンな社会に近づくと考えています。

伊藤 芳浩(いとう  よしひろ) NPOインフォメーションギャップバスター理事長
1970年岐阜県生まれ。先天性ろう者。名古屋大学理学部卒業。現在、日立製作所にて、デジタルマーケティングなどを担当。勤務の傍ら、NPO法人インフォメーションギャップバスターの代表として活動中。