オーストリア、クルツ首相の連立政権が揺れ出した

オーストリアのクルツ連立政権がここにきて揺れ出した、というか自壊現象が見られ出したのだ。2020年1月7日、中道右派「国民党」と環境保護政党「緑の党」の初の連立政権が発足した。政権発足直後、中国発の新型コロナウイルスの感染防止に奔走し、他の政治問題は完全に脇に置かれてきたが、今年に入り国民党所属の閣僚のスキャンダルなどが相次ぎ、窮地に陥っている。

▲記者会見で自身への容疑を否定するブルーメル財務相(2021年2月12日、オーストリア財務省公式サイトから)

▲記者会見で自身への容疑を否定するブルーメル財務相(2021年2月12日、オーストリア財務省公式サイトから)

最初の躓きは新年1月早々生じた。クルツ連立政権下で国民党所属の閣僚が自身のスキャンダルで辞任を余儀なくされたのだ。クリスティ―ネ・アッシュバッハー労働・家族・青年相は1月9日、大学時代の修士論文の盗用容疑が追及され、「家族を守るために」辞任した。その結果、クルツ首相は自身の任命責任が問われることになった。

さすがはクルツ首相だ。労働相の辞任を受け、辞任した労働相の後任に素早く経済専門家で著名なオーストリア経済「高等研究所」(IHS)所長のマーティン・コッハー氏(Martin Kocher )を抜擢し、労働相の辞任ショックの波紋を最小限度に抑えることに成功した。

ところが、今度はネハンマー内相の辞任要求が野党から出てきたのだ。内相への辞任要求は突然浮かび上がってきたものではない。昨年11月2日、イスラム過激主義者の銃撃テロ事件がウィーン市内で発生し、4人が殺害され、23人が重軽傷を負った。同テロ事件を調査する段階で、内務省所属の連邦憲法擁護・テロ対策局(BVT)とウィーン市BVTとの間の情報交流不足など致命的な欠陥が浮かび上がった。「テロ事件は避けられた」ということが判明すると、野党側から「ネハンマー内相の辞任」を要求の声が上がってきた。

クルツ首相とネハンマー内相は市内の2カ所のイスラム寺院をイスラム過激主義者の拠点だったとして閉鎖する一方、テロ対策強化のためにアンチ・テロ・パッケージを提案するなど、野党側の批判をかわすために迅速に対応していった。

ここまでは良かった。ネハンマー内相への辞任要求が静まった矢先、グルジアとアルメニアの3人の不法難民の強制送還が実施された。送還された難民の1人が12歳のグルジアの少女だったこともあって、野党やメディアから「ドイツ語も話せ、わが国の社会に適合してきた難民の子供を強制送還するとは非人道的だ」という批判の嵐が沸き上がった。ネハンマー内相は、「法に基づいた処置であり、例外は出来ない」と弁明したが、批判の声は益々ヒートアップした。

厄介な問題が出てきた。クルツ連立政権に参加している「緑の党」から「非人道的な難民政策」への批判が出てきたのだ。コグラー副首相(「緑の党」党首)が国民党のネンハマー内相の辞任要求に応じれば、連立政権はその瞬間、崩壊する。早期総選挙にでもなれば、支持率の低下が激しい「緑の党」は議席を失うのは必至だ。そこで連邦「緑の党」関係者は党内の政権批判の声を抑えるのに躍起となった。ちなみに、国民党と「緑の党」は難民政策ではもともと相違があった。厳格な難民・移民政策を主張する国民党に対し、「緑の党」は人道的な難民収容を主張してきたからだ。

ネンハマー内相への不信任案は議会で否決され、波紋は沈静化していった。時の女神は依然、クルツ政権の側にあった。ところが、内相への不信任案問題のハードルを越えてホッとしたのもつかの間、今度はクルツ首相の最側近、ブルーメル財務相に絡んだ腐敗汚職問題が出てきたのだ。世界の大手ゲームテクノロジー企業「ノボマティク」から不正な党献金をウィーン市議会の国民党党首時代のブリューメル財務相が受け取っていた疑いが出てきたのだ。法務省所管の「経済汚職検察官」(WKStA)がブルーメル氏の自宅捜査、携帯やPCなどを押収したことが報じられると、クルツ政権は大揺れとなった。

ブルーメル財務相は記者会見を招集し、「如何なる党献金も『ノボマティク』社から受け取っていない」と容疑を否定したが、「国家財政の責任者である財務相が経済汚職の容疑を受けていることは良くない」として、ブルーメル財務相の辞任要求が社会民主党、自由党、ネオスから出てきた。この時も連立政権に参加している「緑の党」は辞任要求を支持しない意向を明らかにした。そのため、野党時代に経済腐敗や汚職問題でその透明性、公正な対応を主張してきた「緑の党」は党としての信頼性を大きく損なう結果となった。

国民党所属の3人の閣僚に対し辞任要求が飛び出したことは通常ではない。冷静なクルツ首相にとっても大試練だ。13日、ウィーン市内ではコロナ規制反対のデモが行われたが、参加者からは「クルツ、辞任せよ」といった叫び声が市内で響き渡った。

クルツ首相と国民党の試練であることは間違いないが、連立パートナー「緑の党」も党の基本政策を維持するか、政権参加を重視するかで大きな路線の分岐点に立たされている。

コロナ・ウイルスの変異種の拡散で新規感染者が増加している時、国民は早期議会選挙を願っていない。国民的人気があり、一時は支持率40%を超えていたクルツ首相は今、大きな試練に立たされている。クルツ首相に人気回復のウルトラCが飛び出すか、追い込まれて野党側の辞任圧力に抗しきれなくなるか、状況は目下、流動的だ。


編集部より:この記事は長谷川良氏のブログ「ウィーン発『コンフィデンシャル』」2021年2月15日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はウィーン発『コンフィデンシャル』をご覧ください。