顧客の資産を運用する投資運用業者においても、また自己財産を運用する金融機関等においても、投資判断は組織として決定される。しかし、そのことは決して組織としての合意によって意思決定されることを意味しない。意思決定は常に具体的事案に対峙するプロフェッショナル個人によってなされる。
もちろん、リスク管理と呼ばれる組織統制は必要である。しかし、注意されるべきは、プロフェッショナル個人の意思決定を前提にしているからこそ、リスク管理が必要なのであって、リスク管理からは、組織としての意思決定を導き得ないことである。
資産運用は多数の銘柄の組み合わせで一つの投資戦略を構成するものだから、全体統制として、銘柄の属性を集計したときの偏りや、一銘柄当たりの投資額の上限など、数量的制限をつける必要がある。これがリスク管理の第一義的意味であり、最低限の内容である。この意味のもとでは、リスク管理がプロフェショナル個人の意思決定の集積結果の数量調整にすぎないことは明瞭である。
この最低限のリスク管理に加えて、投資運用業者や金融機関等は、それぞれの資産運用のあり方を工夫するなかで、固有のリスク管理技法を発展させてきた。その結果、例えば、プロフェッショナル個人の意思決定に至る手続きを統制したり、銘柄の属性等に制限を設けたり、一定の条件のもとの売却強制の規則を設けたりと、各社ごとに程度の差はあるにしても、リスク管理の名のもとの煩瑣な諸規則の体系ができてきたのである。
そして、組織統制が強く大きくなっていけば、当然の効果として、個人の裁量余地は小さくなり、事実上、組織の規則による統制が優越してしまう。こうなれば、組織の合意による意思決定という幻想が生まれてくるのは当然のことである。リスク管理の独り歩きある。
リスク管理とは、本来は、プロフェッショナル個人における銘柄の選択に関する意思決定が先にあって、その実行までの過程を統制する手続きである。それが逆転し、リスク管理規定に準拠して銘柄の属性等が先に決められ、その基準に合致する銘柄が選択されるようになれば、その選択は狭い範囲の事務的なものにすぎなくなり、もはやプロフェッショナルの仕事ではなくなる。
こうして資産運用は真の意味での資産運用でなくなる。これが日本に真の意味での資産運用がない理由である。
森本紀行
HCアセットマネジメント株式会社 代表取締役社長
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