米軍に対する新聞用語「思いやり予算」とは何?

「駐留軍経費の分担金」でいい

米軍駐留経費の大幅増額を同盟国に要求していたトランプ米大統領が去り、バイデン氏に代わって現実的な対話路線に転換することが期待されています。その第1弾が在日米軍駐留経費の扱いです。

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今朝の新聞は一斉にこの問題を取り上げており、「3月末の期限切れ前に本格的な協議(5年にわたる特別協定の改定)を終えることができないので、21年度(初年度)は過去5年間の平均である2000億円とし、それ以降は改めて協議して決める」と、合意したとのことです。

各紙の記事の見出しは「思いやり予算、仕切り直し/大幅負担増の回避が焦点に」(朝日)、「思いやり予算2017億円で合意/22年度以降、増額要求も」(読売)、「米軍駐留費協定/1年延長」(日経)などです。

この「思いやり予算」という表現はつくづく妙な言葉遣いだと、私は思ってきました。まるで米軍に対する「思いやり」で基地経費を日本が分担しているような印象を与えます。

緊張が増す国際政治、軍事情勢の下で、米軍が日本に駐留基地を置いていることで日米安保条約が機能しています。日本側の負担は国防分担金か駐留軍経費分担金と呼ぶのが正しく、「思いやりで」ではない。

なんで基地分担金を「思いやり」と呼ぶのか。「アバウトの金丸」と言われた大ざっぱな人物が当時(1978年)の防衛庁長官で、米国の要求に応じて基地協力費を増額した際、「思いやりの立場で対処しよう」と説明しました。「思いやり」という意味不明の予算用語の登場です。

日米安保体制では、「米国にとっての戦略的根拠地(駐留米軍)を日本列島に置くことを認める」、「同時に米軍基地は日本を防衛する役割を持つ」という2つの機能が表裏一体になっています。ですから「思いやり」という情緒的な表現を使うことは間違いです。

米側が不快に思うであろう「思いやり」が問題化してこなかったのは、「思いやり予算」という言葉にふさわしい訳語がなかったからです。米側の文書では「Host Nation Support」(HNS)になっているはずです。

HNSを直訳すれば「接受国の支援費」か「支援受け入れ国の協力費」でしょう。実態に即していえば「駐留米軍経費の分担金」ですか。

そうであるにもかかわらず、「思いやり予算」が使われてきたのは、前例踏襲による。間違った使い方をした表現に新聞が疑問を挟まず、翌年も、そのまた翌年も使い、それが40年も続いたということです。

朝日新聞は「思いやり予算」に違和感を持っているに違いありません。18日の記事では「在日米軍駐留経費(HNS、思いやり予算)を巡る交渉」と、「HNS」を付記しています。

さらに「政府はこれまでも、HNSについて、『現在、適切に分担されている』『我が国の厳しい財政状況を踏まえて適切に対応したい』と答弁し、さらなる負担増は必要ないとの立場を示唆してきた」と、主語に「HNS」を使っています。

読売はワシントン発で「在日米軍駐留経費の日本側負担(思いやり予算)を巡る交渉」という解説雑報を載せました。せっかく、ワシントンに駐在しているのですから「HNSと思いやり予算」という論点に触れるべきです。この記者は「おもいやり」とは、妙な表現だと思わなかったのか。

この日本側負担の2000億円の中身は基地従業員の労務費、光熱水費、諸施設の建設費などです。駐留軍経費はそのほか、基地周辺対策費、提供財産借り上げ費などもあり、総額で5800億円(16年度)のぼります。

わざわざ経費分類を複雑にしてあるような気がしてなりません。国防費、防衛費の実態が外からみて、よく分からないようにしておくための悪知恵なのかもしれません。


編集部より:このブログは「新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ」2021年2月18日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、中村氏のブログをご覧ください。