コロナ禍で見えてきた本当に必要なモノとは?自助だけではどうにもならない格差社会

2021年02月21日 06:00

コロナ禍で生まれた新しい生活様式(ニューノーマル)はこれまでの人とのつながりを一変させました。これまで以上に人と人のつながりが求められてきています。

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格差に悩まされた中で考えたこと

私は生まれつき聞こえません。飛行機の音がやっと聞こえるぐらいのレベルのため、補聴器をつけても音が聞こえることが分かるレベルで、会話の内容を理解することができません。そのため、音声を聞き取れないために生じている「情報格差」にずっと悩まされてきました。相手の表情やしぐさ、ものの色や形、動きといった非言語的なものから、Webページやメール、SNSなどの言語的な「見える情報」もあるのですが、意外と聞こえる情報の方が重要な場合がたくさんあります。

例えば、後ろで同僚がささやいている「今度、Sさんが、異動でこちらの部署に来るんだって。なんでも体制強化のためらしい。」というようなちょっとした会話。

不確定な話や、噂レベルのとるに足りない情報であっても、周りの人の動きや想いを知ったり、背景を理解したりするために、重要な情報源となることがあります。

多くの人は、このような小さな情報を蓄積し、仕事や生活上での意思決定や判断のための貴重な情報としています。情報をリアルタイムで、そのつど得て、確実な情報とそうでない情報とをより分け、最終判断の材料にしているのではないでしょうか。

しかし、私のように情報が「即時」に入らないという「リアルタイム性の欠如」の状態におかれたとき、情報の大部分が欠如してしまいます。結果として曖昧なまま判断しなければならないという「不確実性と常に背中合わせ」の私にとって「情報格差」を解決することは、永遠のテーマでした。そして、この世の中に目を向けると、情報だけでなく、経済などさまざまな「格差」が存在しており、これらに共通している問題は何なのだろうかと大きな関心を寄せています。

みなさんは、SDGs(Sustainable Development Goals(持続可能な開発目標))をご存じでしょうか。2015年9月に国連で開かれたサミットで、世界のリーダーによって決められた、国際社会共通の目標です。17の目標のうち10番目の目標では、「人や国の不平等をなくそう」が掲げられていて、格差を是正することが求められています。格差は様々な社会問題を引き起こしており、それを解決することが目標達成には不可欠だと考えられています。

競争原理が格差を生み出す主因

先述の通り、この世の中には格差と呼ばれているものがたくさん存在しています。「経済格差」「教育格差」「情報格差」「健康格差」などーー。

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資本主義である日本には競争原理が基本的にあり、格差の一因となっています。複数の要因が絡み合っていますが、一番大きな影響を及ぼしているものは、競争原理でしょう。

デジタル大辞泉には「競争原理」についてこのような説明が書かれています。

個人または集団が、必要とするものを獲得するために他者と競い合い、勝者が獲得できるとする、優勝劣敗の競争を受容する考え方。誰でも平等に競争に参加できる自由競争を市場や経済活動などの基本とする考え方で、資本主義の基本原理の一つとされる。

競争に勝ったものが富を得ることができ、結果として、勝敗の中に格差が生じることになります。この競争については、個人的には、次の2点の疑問点があります。

・社会が繁栄するためには、競争原理が必要だが、その一方で、敗者を救済する必要はないのだろうか。
・すべてのものは自力、すなわち、自助努力が必要なのだろうか。

みんなが自助努力をすれば良いのか?

基本的に自助努力によって資源(生活に必要なもの)を獲得していくという考え方が世の中には蔓延っています。もちろん、最低限、自分でできることをするための努力は必要でしょう。

しかし、自助努力だけで十分かというとそうではありません。

聞こえないものに聞こえるものと同じことを期待したり、要求したりするのは酷な気がします。どんなに努力しても到達し得ないものがあるのです。ある程度は到達し得ますが、完全に到達することは至難の業です。

今は健常者であっても、何らかの事故や病気により、あっという間に障がい者になってしまうこともあり得ます。つまり、明日は我が身です。

今の日本では、障がい者は、965万人(令和2年 内閣府発表)いると言われています。つまり、国民の13人に1人(7.7%)が障がい者なのです。この数字を見れば、誰しも障がい者になる可能性を孕んでいるとわかるでしょう。

また、災害や病気など、有事が起きた時には、いつも通りに行動することができず、必要なもの、例えば、水道・ガス・電気・食料などが得られなくなってしまうことがあります。

このような何かあった時のために互いに助け合う互助・共助という考え方が大事であるのは言うまでもありません。

格差が広がっていると言われる今だからこそ、、格差を広げず、社会からだれ一人取り残されることがないように、互助・共助によるセーフティネットを張り巡らすことは、大きな意義があることではないでしょうか。

「逃げ恥」に見る自助努力の限界

大ヒットドラマのスペシャル版「逃げるは恥だが役に立つ ガンバレ人類!新春スペシャル!!」(TBS系)が1月2日に放送され、その中で、こんなシーンがありました。

番組公式サイトより:編集部

妻である、みくりが妊娠したため、1か月の育休を取得しようとしている夫の平匡(ひらまさ)に上司の灰原は、不満がある様子でした。それに対して、元上司で独立した沼田は、「いつ誰が長い休みを取るかなんてわからない。働いてるのは人間なんだから。その時何が大事かって言ったら、誰が休んでも仕事が回る、帰ってこられる環境を普段から作っておくこと。それが職場におけるリスク管理。」と拍手喝采の名言をさらりと言ってのけました。

育児などのライフステージの変化を自分たちでなんとかする、といったすべてを抱え込む自助から、チームや会社や行政で支え合う共助・公助への転換が今こそ求められているのではないでしょうか。もちろん、自分でいざという時のために引き継ぎができるように、普段から意識・準備しておくといった自助も必要だけれど、それだけでは不十分で、組織ぐるみの対応などの共助・公助が今まさに求められています。

コロナ禍でより人への配慮やつながりが求められて来ている

互助や共助と聞くと、給付や助成などの物的な資源を思い浮かべる人も多いかと思います。でも、私はそれだけが互助、共助だとは思っていません。

今、首都圏などには2度目の緊急事態宣言が出されていて、ますます閉塞感が広がっています。そのような中で、人々は「つながり」をより強く求めるようになりました。

マスクを常に付けるようになって、声が聞き取りづらくなったり、表情が見えなくなって相手が何を考えているか分からなかったりします。ビデオ通話アプリでのコミュニケーションは、実際に会って話すよりなんだか疲れる。パソコンに詳しくない人とはビデオ通話で話せず疎遠になりがち……。そんな風に感じている人も少なくないでしょう。そのような変化の中で、「つながり」がいかに大事だったかを再認識したり、あるいは、従来は気づかなかった不便の中で生きている人の存在に気づいたりする人も増えてきているようです。

そして、これまでの当たり前が当たり前でなくなった現在、今まで以上に人と人のつながりが、目には見えないけれど、大切な資源だと思う人も増えているのではないでしょうか。

こうしてみると、「人と人のつながり」のような「精神的・心理的資源」も人々に必要な共助、互助になりえます。もとより、人と人とがつながることは「自分ひとりでかかえこむ自助」では作ることができません。他者を気にかけ、配慮する気持ちが伴ってこそ「つながり」は始まるものだからです。皆さまが共に歩み寄ることの大切さを認識され、実際に行動していくことで社会がより豊かになっていくことを心から願っています。

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NPOインフォメーションギャップバスター理事長

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